午前二時を廻ったこんな時間に一本の電話が入った。
「はい」
「…」
返事が来ない。
「……もしもし?」
「……骸」
ようやく声の主が電話に出た。
「…なんですか?」
「…今から会いに行っていい?」
「こんばんは」
目の前にいる彼に挨拶をする。
「……」
「挨拶ぐらいしたらどうですか?」
返事をしない彼に顔をしかめて僕は言った。
「……はぁ」
これは何を言っても無駄だろうと思い、彼の手を引き、とりあえず自分の部屋にいれることにした。
「着きましたよ」
部屋に入っても無言のままの彼を不審に思い、横にいる彼の目をみた。
「沢田綱吉?」
酷く泣きそうな顔をしていた彼はそのまま泣き崩れた。
「いきなりどうしたんですか?
「……」
彼の横にしゃがみ、嗚咽も漏らし、ただただ泣き続ける彼の背中を擦った。
「……っ、ぐすっ…」
少し落ち着いたのか彼は自分の顔を上げた。
「……話は聴きましょう。とりあえずそこに座っていて下さい」
ベッドを指差すと彼は無言でこくんと頷いた。
夜の寒さで冷えただろうから何か温かい飲み物を出すことにした。
(…コーヒーは駄目だよな)
カフェインがどうとかの問題よりも、多分彼はコーヒーが飲めないだろう。
冷蔵庫の中に牛乳があったのでホットミルクを作ることにした。
マグカップに牛乳と砂糖を少し入れそのままレンジに入れる。
ふとベッドで座っている彼を見る。ベッドの縁にちょこんと座っていて、少し落ち着いたのか、室内を見回していた。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
マグカップを渡すと少し冷ましながら一口飲んだ。
「少しは落ち着きましたか?」
「……」
無言で頷くと、彼は口を開いた。
「……子供が、」
「ん?」
「……俺はさ、京子ちゃんと結婚してて、子供が生まれてて、獄寺君は相変わらずで、お兄さんは雲雀さんを追いかけまわしてて、それで、山本は雲雀さんを押さえてて、それで俺は、」
マグカップを机に置くと彼は両手で顔を隠した。
「…………骸が、いないんだ。気づいたら、骸の首を絞めてて、」
彼は両手を顔からゆっくり離す。やっと治まったと言うのに彼の目には涙で溢れていた。
「なぁ、骸は今俺の前にいるよな?」
僕の両肩を掴んで少し声を荒げて彼は言った。
「……えぇ」
「幻覚じゃないよな?」
「ちゃんと牢獄から出てきてますよ」
「骸、なぁ」
胸元に彼の頭がこつんともたれ掛かる。
「……怖いよ、助けて」
彼を抱き寄せて、背中をぽんぽんと撫でる。
彼がこのように夢に取り付かれるようになったのは最近のことではない。
目立ちはしなかったものの、ボンゴレファミリーが自分の身に関わるようになってから始まっていたらしい。ヴァリアーとの戦いが終わってから酷くなった、と彼は言った。
ごく普通だった少年がいきなりマフィアのボスになれと言われるのだ。精神がすぐに適応する筈がない。
「沢田綱吉」
「……名前で呼んで、」
「綱吉くん」
彼の名前をそっと耳元で囁く。
僕が彼の事を名前で呼ぶのは彼にとって安心に繋がることを知った。
「僕はここにいますよ」
「……うん」
「ちゃんと、貴方の傍にいます」
「……うん」
「もう寝なさい」
「……寝れないんだ」
彼は僕の肩をぎゅっと握った。
「目を閉じたらお前が消えちゃいそうで、」
「……こうすれば、僕が傍にいるのが伝わりますか?」
そう言い、僕は彼をそのままベッドに押し倒し、ぎゅっと彼を抱き寄せた。
「……う、ん」
「……よくお眠り」
彼の夢はいつもありふれた日常生活だった。何の変哲もない、ただの日常。そこにアレコバレーノがいたり、いなかったりするらしいが、多分アルコバレーノは彼の世界にとってはあまり影響がなかったのだろう。
(……僕か、)
僕が並森を襲撃してから彼の日常は崩壊した。それが原因なのか彼の夢に僕の姿はない。
その事に気付くと彼の世界は脆く崩れる。
ある時は首を絞め、ある時はナイフで、またある時は銃殺。
僕がいなければよかったと言う無意識の憎悪が、夢で僕を殺すと言う形へとなる。
(何度目だろうか)
彼がこのように僕の元へと訪れるようになってから随分時間が経った気がする。
月に一度、二週に一回と増える悪夢は彼を僕の元へと吸い寄せる。
ふと腕の中で眠っている彼を見る。ゆっくりと規則正しい寝息を立ていてさっきまでの事が嘘のようだった。
両手で彼の顔をそっと持ち上げ涙の跡を舐め、ぎゅっと強く抱き締めた。
せめて、僕の腕の中では僕と君だけの世界の夢を。