ボンゴレファミリー本部。ここの集中治療室で沢田綱吉は点滴を受けたまま眠っていた。

「…ねぇ、綱吉くん」

入ることが不可能な筈のその場所に一人の男が霧のように現れた。
監視カメラにこの男は映っていない。
ボンゴレファミリーの力を持ってでも、この男の幻術の前では無力になってしまう。

「少しお話しませんか?」

不気味なまでに爽やかな笑顔で、六道骸は言った。





一週間前に、小さな抗争が起こった。
敵は三下の名も知れぬマフィア。
それでも不意打ちだったためボンゴレファミリーはやむを得ず戦うことになった。
犠牲者は殆ど出ず、幸いボンゴレ側に死亡者はいなかった。

が、それは表での話。
一人の守護者とアルコバレーノの一人のリボーン、そして医療担当の一部の人間しか知らない事実。

沢田綱吉が昏睡状態に陥った。
目立った外傷が無いが、頭を酷く打ち付けたのか一向に目を覚まさなかった。
この状態でボスが不在となるとファミリーは混乱状態に陥る。

「そこで呼び出されたのが僕なんですね」
「そう言うことだ」

リボーンは霧の守護者である六道骸を呼び出した。

「いいんですか、僕に借りを作ることになるんですよ?」
「この際何でもいい。先ずはボンゴレが最優先だ」
「…わかりました」

リボーンは六道骸の強力な力を利用し、幻覚で沢田綱吉を造ることにした。

「何があっても、誰が欠けたとしても、ボスだけは欠けちゃいけねーんだ」
「彼が聴いたら怒りますよ」
「アイツももうガキじゃねぇ。自分の存在意義位もう分かってるだろ」

リボーンの一言が骸の心には刺さる。

そして綱吉が目を覚まさないまま一ヶ月が過ぎた。





「僕はこの世に生を受けてから何度も生まれ変わってるんです」

ベッドの傍らに座り、骸はポツリ、ポツリと語り始めた。

「一度目は、この六道の力を手に入れたとき」

言葉と共に彼の手元に真っ赤な目玉と半透明の球体が現れた。

「僕はこの力を手に入れた代わりに、言うなれば心を失いました」

その言葉と共に二つは霧状になり消えていった。

「二度目は、君の死ぬ気の炎で浄化されたとき」

そう言うと彼は太陽に透かす様に右手を上げた。

「僕は自由を失った代わりに、クロームドクロと言う器と霧の守護者と言う肩書きを手に入れました」

蛍光灯の光で骸の右手に中指にある指輪が光った。

「三度目は、君を失ったとき」

そう言うと骸は綱吉を見た。

「僕は君を失った代わりに、とある感情を取り戻しました」

彼は微笑むと、そっと綱吉の顔に触れた。

「ねぇ、綱吉くん。
君がいたから僕は今ここにいれるんですよ。
君がいたから僕は何度も生まれ変われたんですよ」

クフッ、と骸は笑った。

「……僕は嘘つきなんです」

骸は小さく呟いた。

「あれだけ、マフィア嫌いだとか騒いでいたけど、ボンゴレファミリーと言う居場所を少し気に入っていたんです」

骸は自分自身が認めたくなかった感情を吐露し始めた。

「君と契約しようと思えばいつでもできたんです」

左手に三叉槍を具現化させる。

「君の事が、」



「僕は君の事が好きなんです」



そう呟いた頃には彼の瞳は涙で溢れていた。

「僕の世界には君しかいなかった」

何かの糸が切れたのか、ずっと心の底で封をしていた言葉が止まらなくなっていた。

「何度も何度も生まれ変わって、僕には君しかいなくなっていた。
君しか見えなくなっていた。
君しか考えなくなっていた」

彼は強く綱吉を抱き締めた。
そして泣いた。
誰にも言えない感情が溢れ出して、もう止めることができなくなっていた。
彼自身自分がこんなに人間らしい人間だったなんて思わなかっただろう。
ただただ、綱吉に目を覚まして欲しい、それだけだった。

骸は愛しい彼の顔を自身の両手で包み、綱吉の唇にすがるように口付けをした。
理屈では分かっていた。
それでもそんな奇跡を信じたくなった。

(君は眠れる森のお姫様でもなければ、僕自身が王子様な訳が無い)






目覚めぬ君は泡沫の夢の中。
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