自称王子と風呂と呪い






「泣かないで…可愛い顔が台無しだよ」





そう言って現れたのは、ギルドのメンバーであり、ルーシィと契約を結ぶ、星霊、黄道十二門のリーダー、レオ…又の名をロキであった。



ロキはルーシィの頬に手を伸ばすと目の下を這うようにして涙を拭った。


柔和に微笑む彼につられ、ルーシィも笑う。
そして、笑顔でロキの手を借りて立ち上がると、そのままニコニコしているロキに近づく。


存在を確かめるかのように、ルーシィはロキの頬へと手を伸ばす。





「ロキ…」

「ルーシィ……って!い、痛い痛い!」





笑顔を崩すことなく、ルーシィはロキのほっぺを、これでもかという程力を込めてつねる。






「…あれ?何か怒ってる?」

「っ、あったり前でしょ!?いつもは勝手に出てくるくせに!こんな時に限ってあんたは…!」

「ごめんね、縛られてたから動けなかったんだよ」





ロキの言葉に、ピタリと動きを止めたルーシィ。

そんなルーシィを安心させるように、ロキは自身の頬にあったルーシィの手をそっととる。





「実際に鎖や縄で拘束されたワケじゃないよ。どういうわけか、ここの空間域から出られないんだ」





空間域…?





「それって…ックシュ!」

「このままだと風邪引くね。とりあえず僕の家に行こう」

「ロキの…家?」

「まぁ、そのことも含めて、話はそこでしないかい?」





そしてルーシィは、ロキに手を引かれるまま、歩き出した。




***






「んん〜っ、生き返るー!」




ルーシィinバスタブ。


それも猫足である。


プカプカと浮かぶバラを手に取り、匂いをかぐ。おびただしい数が投入されているわけではないためか、嫌味には見えない。


海に放り出され、尚且つ潮風に晒されたせいか、パサついていた髪は潤いを取り戻し、筋肉の疲れもほぐれている。


そこまでは良かったのだが…




「もうロキ!気が散るから向こう行って!」

「ええー、いいじゃないか少しくらい。全然会えなくて寂しい思いをしてたんだよ?」




浴室として通されたのは、文字通り部屋だった。


バスタブの周りをカーテンのような物で仕切られており、そこにうつるロキのシルエット。


そのせいで、リラックス効果はほぼ半減に等しい。





「本当なら、僕が背中を流してあげたいくらいなのに」

「結構よ」




まったく!とうんざりしながら、ルーシィはバスタブ横に置かれていたビンの液体を流し込む。

すると一瞬にして泡風呂へと変化した。




「それで、ロキはここの家主で一国の王子様」

「そう」

「で、相変わらず女の子好きで、好い加減にして欲しいとうんざりしている人達の決定によって、お妃様探しのダンスパーティーを開催する、と」

「そうそう」

「つまり、シンデレラの王子様…」

「そこは、ルーシィの王子様、だよ」





両手に泡を掬ってみては、フッと息をかけてシャボン玉のように飛ばしてみる。


いくつか上手い具合にフヨフヨと飛ぶ球体に満足気になるものの、ロキの話は少々満足したくなかった。


先ほどロキの言った《空間域》。


魔力が薄い透明な膜のようなものとなって、国全体に覆われているらしい。

膜の向こう側へ行こうとしても、気付いた時には元の場所に戻ってきている。だから《出られなかった》。

しかし、その膜を越えて来たルーシィ。それはルーシィが《シンデレラ》だからだとロキは言うが…



「(本来ここにいるのって、やっぱり《人魚姫》なんじゃ…)」



取り敢えずもう上がろう…と、バスタブの淵に手をかけ、立ち上がろうとしたその時…




「!あっつい…!」

「大丈夫かい、ルーシィ?湯加減には気を付けないと」

「違っ、くて…っあ」

「ルーシィ?」

「の、ど…喉が、熱い…クッ」




突然、喉が焼けるように熱くなった。

お風呂のお湯などではなく、まるで、何か熱を帯びたもので締め付けられるかのような感覚。




「ルーシィ!…いった!」




ルーシィの尋常でないうめき声に、若干パニックになったロキは、迷うことなくカーテンを開けて中へと入ってきたのだが……心配だったからとはいえ、それが確実に間違いであった。


ルーシィも迷うことなく起こした行動…思い切り振りかぶって投げつけたビンは、ロキのおでこにクリーンヒットしたのだ。


そこでやっと冷静さを取り戻したロキが目の当たりにしたのは左手で喉をおさえ、右手が前にきた状態(投げ終わったままのポーズ)でとどまるルーシィで。

腕と泡で隠れているものの、徐々に重力に則って身体から滑り落ちていく泡。

ついガン見していたロキが視線を上げた時にあったのは、恥ずかしさと怒りとお風呂の熱さで真っ赤になったルーシィの強い視線で。


しまった…とついヘラっと笑うロキに、ルーシィが思い切り投げつけたのは…



「ーーーー!……ーー!?」


言葉になる前に、声にすらなっていない無音だった。



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