生まれ変わるなら。


目が覚めると知らない部屋にいた。物が雑多で掃除が行き届いていない。
ゴミが散らかっていて、汚い部屋。
知らない場所なのに何故か部屋の間取りがわかるようだった。自室を出て洗面所へ。
鏡に映るのはよく知った顔だった。
同じクラスの、友人。
コレが自分では無いことがわかった。
では自分は誰なのか、曖昧なまま制服に着替えて登校し、教室に入ってドキッとする。
「おはよ!」
朝から元気なやつだ。笑顔で声をかけてくる、そいつが俺だ。
昨日見たテレビの話、次の授業が面倒だと言う話、欲しいゲームがあるがお小遣いが足りない話…。
よくある男子高校生のそれを、自分の顔をした自分が話しかけてくる。

これはきっと夢なんだろう。でも、友人から見た俺って、こんななんだな。
ちょっと気恥ずかしくなるが、そんなに悪いやつじゃ無いと感じた。

夢はなかなか覚めないが、二、三日が過ぎていく。
友人の顔をした俺は友人の家に帰って行くが、家族には中々会えなかった。
部屋やサイズの違う靴から、少なくとも三人暮らしくらいではありそうなのに。
少ない小遣いで食べ物をやりくりする。
駅前のファストフード店で、一番安いハンバーガーを一つだけ買う。
ネットの節約術とか言う記事を読むと自炊しろと言ってくるが、米を買う金も、まともに動く炊飯器も無かった。
シャワーだけ浴びてさっさと眠る。
携帯を見てもつまらないから、目をつぶった。
さっきメッセージを送ってきた、呑気な俺の事が頭に浮かぶ。
夢の中で見る夢って、変な話だ。

「あーあ、俺ってほんとフツーって言うか。生まれ変わったらもっとさ……」
なんの話の流れでそうなったのか、俺はそう言った。俺の顔をした、俺が、だ。
友人の顔をした俺は、そうかなあ、と呟いた。
なんとなく覚えてる気がする。
そうだ、これはごく最近、ほんとうに俺たちがした会話だ。
「オレは○○のフツーなところ、結構好きだけど」
「それ褒められてんのか微妙」
と言いながら、俺の顔をした俺は満更でも無い顔で笑った。
そして友人の顔をした俺も、やっぱりなんとなく嬉しくなった。
俺は少しだけ友人を羨ましく思っていた。
クールなところがかっこいいと、女子からにわかに噂されていた。
成績だって良かったし、運動神経も悪くない。
俺がそう褒めると、はにかんだような笑顔をする。
そんなところもちょっと可愛い。
そんな事を思っていた、呑気な俺に少し憤りを覚えた。
両親は健在で、帰れば温かいご飯にお風呂もあって。
バイトもしてないけど、明日の一食分を賄う為に、今日の二食分を削る心配もいらない。

俺は友人の、そんな生活なんて微塵も知らなかった。

ガチャ。
「あれ……」
友人の家に帰ると、鍵が開いていた。
確かに鍵を閉めて学校に行ったのに、おかしいな、と思った。
扉を開けて、今脱ぎ散らかされたばかりの靴が目に入る。
俺が何か思うよりも早く、友人の身体が反応した。
心臓が大きく跳ねて、ドッと冷や汗が出る。
喉はキュウっと締まって、息が苦しくなった。
俺は逃げたくなったし、友人の身体もそうだった。
だけど、一歩後ろに引くことも出来ない。
そうこうしている間に、人影が家の奥から現れた。
身長も体格も友人より大きいが、歳はそんなに離れていなさそうだ。
前に一度だけ、友人に兄がいると聞いた気がする。
この人がそうなんだろうか?だとしたら、どうしてこんなにも。蛇に睨まれた蛙のように、恐ろしくて動けないと思うんだ?
「コレが××の弟?」
「そう」
頬を手が撫でて、ゾッとした。
いつの間にか後ろに男が立っていて、俺の、友人の身体をあちこち触る。
「何してもいいんだっけ?」
「殺すなよ」
「あはは」
兄と思しき人間は、俺を顎で促す。
男は俺の肩を抱いて、部屋どっち?今何年生?その他にも色々聞いてきたが、その殆どはもう耳に入って来なかった。

泣きながら許しを乞い、絞められた首の苦しさに走馬灯が流れる。
瞼の裏に浮かぶのは俺だった。
馬鹿みたいに普通で、平凡で、ちょっと間の抜けた。
それがただただ救いのような、俺と出会ってからの毎日が。

「あっ……あっ……」
「くっ……う、あーあ、小便漏らしちゃったね」

気が付いたのは真夜中だった。
されるがまま放置されて、手には千円札が二枚握らされている。
たった二枚だ。

携帯の画面が光った。
『なんか雷すごくない?』
『眠れねー』
呑気な俺からのメッセージ。
『オレも』
文字を書いては消した。
どうしようか散々迷って、書かれた言葉は見覚えがあった。
『会いたい』
『良いよ』
『そこのコンビニ来れる?』

身体が重くて痛い。
顔だけ洗ってパーカーを着た。
「どこ行くんだ」
兄らしき人が俺を呼んだ。
俺は無視して、靴を履いて部屋を出た。
アパートの階段を転げながら降りて走り出す。
後ろから兄が追いかけてきたのがわかった。
やめて、嫌だ、もう、嫌なんだ。
苦しくて咳き込んだ。
コンビニはすぐ目の前だ。明るい。明るい場所に。

「□□?」
視界に俺の顔をした俺が映る。
その瞬間、堪えていた物が全部溢れるようだった。
「どうした? 大丈夫か?」
涙が零れ落ちて、鼻水が垂れる。きっと汚い顔をしているが、していたが、□□は元々イケメンな顔をしていたから、ちょっとくらい不細工になっても問題なかった。
それよりも普段泣いたり怒ったりしない□□が咽び泣いているのに焦った。
今俺は友人として咽び泣いていたけど、その姿を俺は見ていた。覚えていた。鮮明に思い出した。
「ごめん……」
ようやく絞り出した言葉はそれだった。
どうして謝られたのかわからなかった。
どうして謝ったのかもわからなかった。
だけど、俺の顔を見て、確かにホッとした。
「謝んなくていいよ。な?」
背中をさする俺に、俺は謝り続ける。そのたびに大丈夫だよ、と声をかける。
ガシャン!
「痛っ!!!?」
俺は崩れ落ちた。俺の顔をした俺が、頭から血を流して蹲っている。
「お前!!!」
「や、やめろ!!!」
絶叫する兄がなおも蹲る俺に攻撃しようとした。それで俺は全力でぶつかった。やめろ、やめて、やめろ、やめろ!!!


ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっーー。
目が覚める。
真っ白い天井に、薬品臭い。
左手が重くて温かい。目を向けると誰かの手が握っていた。
ベッドの端に突っ伏して寝ている。
よく知った顔だ。
同じクラスの、友人。
辛いそぶりなんて少しも見せて来なかった。
どんな毎日を送っていたのか、俺にはわからない。
たったほんの少し垣間見た、苦痛の世界で。
俺は少しでも力になれたのかな。

握られた手に力がこもった。
それに気付いた友人が目を覚ます。
「……よかった」
ぽたぽたと涙を流す。
よかった、そう何度も呟いて俯き、ベッドの端を濡らしていく。
俺は言葉が出なかったが、友人の肩を抱いた。
嗚咽をあげる友人につられて涙が出てしまった。
もし生まれ変わるなら、俺はまた俺に生まれたい。
君の、救いに少しでもなれるなら。

終わり

戻る

戻る