田舎に帰省するというのが苦手だった。
姉は子供を産んでいて、近所の誰それも孫が出来たという話で盛り上がる。親や親戚からは、お前はまだかとせっつかれ、微妙な愛想笑いを浮かべるしかない。
「あ、そういえば安曇(あずみ)くんもきてるんだよね」
「あー、2階にいたかしらね」
「葛(かずら)は昔から安曇くんに懐いてんなぁ」
親戚連中が笑うのを聞きながら俺は安曇くんを探した。
結婚はおろか、恋人だっていない。仕事が楽しいわけでもないが、没頭している趣味もない。
何か物足りない毎日にうんざりしている。でも恋人の一つも、浮いた話もないのは、俺がゲイで、それをひた隠しにする人生を送っていたからだ。
「あ、安曇くん……」
2階の奥の部屋、その先のベランダに後ろ姿を見つけた。
俺が声をかけると、咥えていた煙草を手に持ち振り返る。憂いを帯びた、という表現がまさにぴったりな雰囲気で、ドキッとする。
「葛、久しぶり」
「うん……うん、安曇くんも久しぶり」
安曇くんの隣に立つ。2階のベランダは風も吹いて、冬の外だというのに、俺は何故だかポカポカとして暑いくらいだった。
ふう、と煙草を吸う息遣いがした。そんな些細な仕草が気になるが、直視できない。
いつもそうだった。ずっとそうだった。
安曇くんは俺と一回り歳が離れていて、俺にとってはずっと大人で追いつけない人だった。
昔から優しくて、大人で、多分安曇くんが俺の初恋なんだろう。物心つく前から好きだったけど、いつになっても眩しいくらい憧れの人だ。
「煙草、吸ってるからここにいたんだね」
「うん」
帰省すると安曇くんはいつも煙草を吸いに、この2階のベランダにいた。いつから煙草を吸い出したのかわからないけど、気付いたらいつも安曇くんはここにいて、俺はその隣で浮き足だっている。
「葛は、いっつもオレの横にくるね」
「うん……」
邪魔に思われてないかな?それとも何にも思われてないとか。
安曇くんがどんな顔をしているのか少し怖かったが恐る恐る視線を向けた。すると、真っ直ぐに俺を見つめていて、またドキッとする。
「葛は、もう二十歳になったの?」
「うん」
「じゃあ成人式かあ」
「安曇くんは成人式出た? 俺はどうしようかな、って」
「どうだったかな……別に、どっちでもいいんじゃない」
どっちでもいい、みたいな言い方に俺はちょっと投げやりさを感じて困ってしまう。
それが表情に出ていたのか、安曇くんはクスッと笑った。
「成人式に出なくたって大人にはなるんだから」
「煙草吸うとか?」
「そう……試してみる?」
安曇くんは首を傾げた。煙草はチリチリ、煙が燻る。
「じゃあ一口、試してみる……」
いいよ、と安曇くんが言ったのが聞こえた気がした。でも、気のせいかもしれない。
気付いた頃には安曇くんの顔が目の前にあって、口の中に熱がうねって、苦味が広がった。
終わり
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