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 それから。
 女性の看護師は、言い過ぎましたと言ってその場を後にした。衛士さんは僕を抱き上げ、ベッドに戻す。僕はまだ落ち着かず、咳が止まらなかった。
 衛士さんは僕に水をくれたけれど、口移しではくれなかった。
 もう終わりだと言われた気がした。
「俺は本当は医者じゃない。君を診察する権利も治癒する術もない、ただの看護師だ」
 僕はベッドに、ベッドヘッドを背もたれに座り、衛士さんはその横に座る。衛士さんの手が僕の髪に触れようとしては止まり、行き場なく彷徨う。
「医者を目指していたけれど、なれなかった。でも、今は看護師として患者に寄り添う仕事に誇りを持ってる」
 衛士さんは僕に、全部を話してくれると言った。けれど僕にはどうでもよかった。なんでもよかった。
「始めて君を見たのは、ここに来て最初の日だった。もう、5年前かな……窓の外を、ぼんやり見つめている君を見つけた」
 懐かしそうに話す。
 僕はそんな昔のことを覚えてはいなかった。あるのは、もっと最近の、衛士さんと過ごした日々ばかりだった。
「君の、本当のお医者さんに話を聞いた。君の家族のことも調べて。俺は始めて君を見た日から、君の事ばかりが気になっていた」
 いつもみたいに触れて欲しいのに、衛士さんは触れてはこなかった。僕にはそれが寂しくて仕方なかった。
「君の病気の事も調べた。俺が、君のことを治したいと思って。一生かかる病だから、一生をかけて、君の病気を治したいって、そう思ったんだ」
 衛士さんはそれから、俺の手を取り、指にキスをした。そこからじわじわと、熱が身体に広がっていく。
「俺は医者じゃない。でも君の病気は医者には治せない。一生寄り添って付き合っていく、俺が、君を治してみせるから」
 そうして衛士さんは僕のことを抱き締めて、耳元にそっと囁く。
「好きなんだ」



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