ムリヤリ誕生会
「…………ううーん」
無駄に7枚もある招待状を手に、私は男子テニス部の部室前で迷っていた。
何をそんなに迷っているのかって?
幸村君の誕生パーティーに参加するかどうかさ!
………………
そもそも私がこんなに迷う羽目になったのは、私のクラスメートで私の隣の席に座っている丸井君が、こんなことを言い出した為である。
「なあ平野、お前3月5日ってヒマ?」
その藪から棒な質問に一応イエスと答えると、彼はポケットから少しクシャッとなった紙を取り出して、私に差し出した。
「だったら、それやる」
「何コレ?」
「読んでみ」
読んでみた。
紙には、手書きで『幸村精市バースデーパーティー招待状』とあった。
「…………え?来いと?」
「来るだろぃ?つーか来いよ」
「は、え、なんで」
「なんでって」
問い詰めると、どうやらこのパーティー「女子立ち入り禁止」らしく、テニス部レギュラーがひとり1枚ずつ持っているこの招待状を貰わなければ、ファンの子たちは入ることを許されないらしい。
立ち入り禁止の理由は、ファンによる混乱防止。なるほどね…………いや、じゃなくて。
「いや、私が訊きたいのは、なんでコレをくれたのかっていう……」
「だってよう、別に来てほしいヤツとかいねーし?つーか誰にやっても騒ぎ立てそうだし?だったらお前にやるしか」
いやなんでやねん、おかしくないですかその結論。
「いいじゃねーか。祝いついでに幸村君にコクれよ、な?」
「えっ……え、ちょ、ちょ、なん……っ!?」
幸村君が好きだなんて誰にも話してないのに!と言うと呆れ顔で「いや、結構バレバレだぞお前」と言われた。マジでか……!
……とまあ、そんな感じのことがあって、それがまさかドミノ倒しの1枚目となってしまうなんて、思いもよかなかったさ。
このやり取りを見ていた同じくクラスメートの仁王君が「俺も一緒に祝いたい女がおらん」とか言って2枚目をくれた。
そこを通りかかった仁王君の相方柳生君が「でしたら私も」と3枚目を渡した。
昼休み、丸井君に用があったジャッカル君が「ずっと持ってたら幸村に怒られんだよ」という理由で4枚目を押しつけた。
放課後、廊下にバラバラと落としてしまった招待状を、たまたまそこに居合わせた真田君が拾って「む、幸村の招待状か。たまらん枚数だな!」と言い、5枚に増やしてくれた。
真田君と一緒にいた切原君が「じゃ俺も俺も!」と元気良く6枚目を取り出した。
家に帰り着くと、玄関先に柳君が立っていて「まさか柳君まで……とお前は考えているだろうがそのまさかだ」と私の思考を言い当て、以下略。
……招待状7枚って、もはや脅しの域だと思う。
柳君には「捨てたり他の誰かに横流しした場合は……フッ、覚悟しておくんだな」と、はっきりと脅されたし。
そして、招待状をくれたみんながみんな口々に「頑張れ」と言ってきたのだけど、いや、しないから告白なんて、無理だから……ていうか、本当にバレバレだったんだね。
ちなみに、7枚集まったからといって何か貰える訳ではないらしい。柳君談。
………………
そんなこんなでパーティー当日。時間は正午。
どんな格好で行くか迷った末の制服姿で私は休日の学校へ向かったのだが、パーティー会場手前で怖じ気づいてしまったのだった。
……どうしよう、今更だけど、どうしよう。
女子立ち入り禁止で、レギュラーから貰うしかない招待状を私が殆ど持っているということは、要するにこの中にいる女子は最高1人、最低ゼロという計算になる訳で、ちょっと待ってよ私そんな中におめおめと入れないよ……!
なあんて悩んでいれば時間はどんどん過ぎていき、当然中の人たちも痺れを切らす訳で。
手を伸ばしかけたドアが、勝手に開いた。
「あ」
「あ……」
ドアを開けた人物は幸村君の形をしてそこに立っていて、私に気づいてにっこり笑いかけてきた。
「やあ平野さん、こんにちは」
「こ、こんにちは」
笑顔の素敵な彼は「来てくれたんだね、嬉しいよ」と勿体ないお言葉をくれつつ、入室を促した。
入ってみると、料理の美味しそうな匂いが立ち込めていた。
「おっせーよ平野ー」
「なんで私服じゃないんスかー」
ガム君ともじゃ君がなんか言っているが無視して、私はパーティーの主賓に向き直る。
「あの、遅れてごめんなさい」
「ううん、いいんだよ」
笑顔の似合う彼はあっさり許して、お誕生日席に座った。
私の分の椅子も用意されていたので、とりあえず座る(この長机はどこから調達してきたのだろうか)。
ていうか、部外者私しかいないじゃん。幸村君は誰にも招待状を渡さなかったようだ。
「えー、ではでは!これより幸村ぶちょーの誕生パーティーを始めるッス!」
司会進行の切原君の言葉で、パーティーは開幕した。
………………
パーティー開始から、早くも1時間が経過。
真田君のまどろっこしい挨拶も終わり、バースデーソングの合唱とロウソク消しも終わり、食事もあらかた終わったところで。
メインイベントである、プレゼントお渡し会が始まった。
「トップバッターいくぜ!ジャッカルが」
「俺かよ!……ええと、大したもんじゃねえけどよ」
律儀に丸井君につっこんでからプレゼントの包みを渡すジャッカル君。中身はフェイスタオルセットだそう。無難だなあ。
「んじゃ、次は俺なー」
お腹いっぱい食べてご機嫌な丸井君が取り出したプレゼントは、アロマキャンドル。意外に乙女ちっくなモノを選ぶなあ。
「では、私も」
そう言った柳生君がスッと差し出した箱は、家庭菜園キットらしい。幸村君が土いじりするところを思い浮かべてみたが、結構似合っていた。
「俺からはコレじゃ」
仁王君は色んな小物がごちゃ混ぜに入った手提げ袋を渡していた。イタズラ用のおもちゃが大半。幸村君に何てもの持たせんの仁王君……。
「ハイハイ!次、俺ッス!」
元気よく前に出てきた切原君が幸村君に見せたのは……テスト?
私が首を傾げたその学年末考査の英語の答案をみんなは驚いて見つめていて、「嘘だろぃ……?」とか「天変地異の前触れですかね……」とか「赤也……カンニングはいかんぜよ」とか、酷い言いよう。
「俺、すっげー頑張ったんスよ!」と言う彼は、どうやら英語は毎回赤点らしく。
その答案に書かれていた点数は、88、だった。
幸村君も同様に驚いていたけれど、フッと笑って「よく頑張ったね」と言い、優しく頭を撫でた。
切原君は、嬉しそうな笑みを満面に浮かべた。何この、ちょっとイイ話。
「では、俺たちからはこれを」
切原君の隣で微笑ましげな微笑を浮かべていた柳君は、真田君を手招きして、一緒にプレゼントした。
幸村君が包みを解く。出てきたのはソフトカバーの本で、タイトルは……あれっ!
「ああ、ルノワールじゃないか。ありがとう2人とも、高かったろう?」
「礼には及ばん」
「気にするな。遠慮なく受け取ってくれ」
……高そうな画集を嬉々として眺める幸村君を見て、ちょっぴり複雑な心境になった。
しまったなあ……ちょこっと被っちゃってる。
私がうーんうーんと鞄の中身を出そうかどうか迷っていたら、めざとい仁王君が近寄ってきて、耳元で囁いた。
「どうした平野、さっさと渡してさっさとコクりんしゃい」
「え……や、無理……」
私が少し焦って首を振ると、
「なんでじゃ、プレゼント用意しとらんのか?」
と心外そうに言った。
無理、と言ったのは告白の方なんだけど……。
「さてはアレか?プレゼントはわ・た・し(ハートマーク)」
「いやいや、んなワケないでしょ……」
なんだろう、仁王君は私をそういうキャラだと思っているんだろうか。
なあんて揉めていたら、当たり前だけども目についちゃう訳で。
「平野さん?どうかしたのかい?」
そんな声をかけられたら、みんなこちらを注目してしまう訳で。
どうしたらいいだろうと隣を見上げると、ニンマリと悪い笑顔を浮かべる仁王君がいた。
……どうしたらいいだろう。
「平野からもプレゼントがあるナリ」
そう言って、物理的意味合いで彼は私の背中を押した。
酷いや仁王君、でもちょっとありがとう。
「へえ、何だろう」
幸村君から期待の眼差しで見られては出さない訳にもいかず、仕方なく私は鞄の中に入れていたプレゼントを取り出した。
「はい、どうぞ。お誕生日おめでとう」
「ふふ、ありがとう。何かな?開けていい?」
「うん……えと、カレンダーなんだけど、4月からの」
どこかから「なあんだ、つまんね」という声が聞こえてきた。キミの答案よりは遥かに使えると思う。
筒状にラッピングされたカレンダーを広げ、そこに描かれた絵を目に入れるやいなや、幸村君は感嘆の声を漏らした。
「わ、すごい、ルノワール!」
とても嬉しそうな幸村君。
私はホッと胸を撫で下ろした。……良かった、喜んでくれて。
「こんなのあるんだね、初めて見たよ」
「あ、うん、この間ネットで見かけて……」
幸村君ルノワール好きらしい、という話はなんとなく聞いていたので、じゃあコレで良くね?と思い、母の名義で購入した。支払いは勿論私。
「へえ、わあ、どうしよう、捨てられないなあコレ。ありがとう平野さん、大事に使うよ。……いや、やっぱり使わずに飾っておこうかなあ」
「う、うん。好きにして」
うーん……そんなに喜ばれると、かえって恥ずかしいなあ。
「えーと、じゃあ!全員のプレゼントが渡されたところで!」
あー、良かった終わった……と思っていたら、全然司会をしていない司会者が自分の仕事を思い出したかのように、こんなことを言い出した。
「第2回、プレゼントターイム!」
……は?なにソレ?
私が眉をひそめている隙に、クラスメート2人が背後から私の両肩をがっちり掴んだ。
「え……なに?何が始まるのちょっと、」
「まーまー、大人しくしんしゃい」
「いいから、大人しくしてろぃ」
ニヤニヤしながら言う2人……何コレ、あのちょっと、ヤな予感しかしないんだけど……。
訳が分かっていない私に、今度は柳生君が近寄ってきた。
手には、ラッピングに使うような真っ赤なリボンが握られている。
「失礼します」
「え、え?」
私の後ろ髪をかきあげてリボンを通し、首に可愛らしくリボン結びする柳生君。え……何なのホント。
リボンを結び終えると、後ろの2人が私を前に押しやった。
前には、幸村君が立っていらっしゃる。
彼の目の前まで来て、赤白コンビは私の背中を物理的意味合いでどんっと押しやがった。ちょ、2度目!
「わっ」
「おっと」
ここで質問。前方に幸村君がいる状態で後ろから押されたら、どうなる?
幸村君にぶつかる。
ぶつかるだけ?
いや、支えられてる。
…………。
「えっ……え、あ、ごめ……!」
慌てふためいてバッと退こうとしたが、幸村君はそれを阻止し、あろうことか私の腕をグッと握り締めた。
更に、部員たちに向かって、
「何?貰っていいの?」
……と、それはそれは素晴らしい笑顔で訊いていた。
「おう、貰ってやってくれぃ」
「大事にしんしゃい」
「え……ゴメン、話が見えない……」
腰に手を回されていることにも気づかないくらい頭が混乱している私。
何この状況……?
ヤな予感が頂点まで達した私に、丸井君はケロッとした顔でサラッと言った。
「コクる気ねえんだろーなって思ったから、路線変更。幸村君に、お前をプレゼント」
「……は?」
……い……いやいやいやいや、ちょ、何言って……。
「ごめんね平野さん、待ちきれなかったから俺が頼んじゃった」
真上から、幸村君のそんな声が降ってくる。
…………はい?
幸村君が頼んだって、待ちきれなかったって、それって私の告白を待ってたって、え、どういう、え……?
頭の中がグルグルしている私に彼は、さっきまでとは打って変わって、丸井君や仁王君のようにニヤリと笑んで、こう仰った。
「真田ですら気づいてるのに、俺が気づかないとでも思った?」
「…………!!」
驚愕の事実に、他に類を見ない程の大ショック!を受けて立ちすくむ私を、幸村君はいつもの笑顔で抱き締めた。
end
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