「あらあら」
「………………」
不二君の意地の悪い行為から数秒後。
廊下から、チラリと顔を覗かせる人影があった。
いつからそこにいたのか、という不二君の問いに、彼女はこう言った。
「周助が詩織ちゃんをソファーに座らせた辺りからよ」
それってつまり、一部始終見ていたんじゃあ……と言おうとしたが、お姉さんは「あ、余ったエスプレッソそのままだったわ」と言ってさっさと台所へ向かった。
……我が道を行くお方だなあ。
「ねえ」
「ん?」
何事もなかったかのように、ナチュラルに話しかけてくる不二君。
「ミルクとキャラメルソース、まだあるよね?」
「え?……う、うん、確か」
そんなことを確かめてどうするのか……より、私のキャラメルマキアートを奪ったことに対する謝罪は無いのか、と思った。
今私はちょっぴり怒っている。
「ボクが淹れてあげるよ。佐藤さんの分、飲んじゃったし……ごめんね、それで許して?」
「………………」
「ね?」
……不二君、その笑顔は卑怯だ。
……
とまあ、そんな感じでいとも容易く彼を許してしまった私だが、いやしかしあの申し訳なさそうな笑顔で謝られては、どんな堅物でも許してしまうと思う。
それはさておいて、早速不二君にキャラメルマキアートを淹れてもらった私は、リビングに移動する前にぐびぐび飲んだ。
……いや、だって美味しすぎるんだもん。
単純かもしれないけど。私は今、はっきりと、幸せを感じている。
誰に、何に感謝すべきだろう。家に招いてくれたお姉さんか、この美味しいコーヒー豆か、それともキャラメルマキアートの存在を教えてくれた不二君本人か。
……いや、やはり、エスプレッソマシンだろう。
あれがなければ、私はきっとずっと彼と会話出来なかったのだから……。
これからも稼働し続けるであろう我が家のエスプレッソマシンに、心の中で感謝を述べつつ。
私は、思っていたより意地悪な人だった彼特製のキャラメルマキアートを飲み干した。
「クス……佐藤さん、口にミルクついてる」
……またそんな顔でそんなことを言う。
「……キャラメルマキアート飲んだらそうなるんですー」
若干不貞腐れ気味にそう返して、服の袖で拭おうとしたら、不二君に止められた。
そして、舐められた。
「美味しそうだったから、つい」
「……!!」
「ご馳走さま」
……意地悪というか、寧ろ意地悪を超越した行為を平然とやってのけた彼に、私は本日二度目となる絶叫をぶつけた。
おしまい
戻る