一体誰が予想しただろうか、この展開を。
少なくとも、私はしていない。それは確実だ。
そんなことを脳内のどこかその辺で考えながら、すぅー……と息を吸い込んで、私は不二家のインターホンを押した。
(分かっているとは思うが、一応つけ加えておく。“ふじけ”だ。)
昨晩のことだった。
お風呂からあがり、自室に入ると、携帯のランプが光っているのが目に入った。
受信メールが、一件。
こんな時間に、誰だろう……と思ったら、そこには登録した覚えのない人物名。
というか、ついこの間知り合ったばかりの人物名。
顔をしかめつつ、中身を開いてみた。
こんな内容だった。
『こんばんは、由美子です。突然だけど、明日の午後から、時間あるかしら?』
…………
どんなリアクションをとっていいか解らなかったが、とりあえず、時間はあるということ、何か用でもあるのかということ、そして何故私の携帯にアナタのアドレスが登録されているのかということを打って、返信した。
午後どころか明日は一日中暇だけど、と考えているうちに返事が来た。
『あら、この前会った時、携帯借りたじゃない?忘れちゃった?あ、明日のことだけれど……』
……ええと、つまり、あの時のアレはそういうことだったのか。もはや驚くべきなのかも分からない。
で、続くお姉さんの文章によれば、明日の14時からうちでお茶会でもしないか、ということらしいが。
それって、うちって、つまり不二君ちってこと……?
……おいおいおい、どうするよこのまさかの展開。まさかすぎて今すぐベッドの上を転げ回りつつ奇声をあげたい気分だ。
……と、微妙な具合にテンパっていると、まだ返信していないのにお姉さんからメールが来た。
『あ、周助なら部活だと思うから、安心してちょうだいね^^』
即、なら行きます、と返信した。
………………
ということがあり、今朝メールでいただいた地図を頼りに住宅街をふらつくこと約20分。
表札に不二と書かれた、二階建ての立派なお家にたどり着き、そして冒頭へ続く。
ピン、ポーン
勇気を振り絞って押してから間をおかずに、お姉さんの「はーい」という声が聞こえた。パタパタと足音が近づいてくる。
がちゃり、と開いた扉の向こうには、この間と寸分違わぬ美しい笑顔のお姉さんが立っていた。
「いらっしゃい詩織ちゃん。どうぞあがって?」
お邪魔します、とつい言ってしまう程綺麗なお家に、私は若干オドオドしながら入った。
リビングに通され、ソファーに座るよう促される。
「ちょっと待っててね、いまエスプレッソマシン準備中なの」
コーヒー豆の袋を開けながらお姉さんは言った。
テーブルの上には、不二家のエスプレッソマシン。うちのとは違う形だが、恐らく使い方は同じだろう。
手持ち無沙汰でお姉さんの方を見ていると、その内コーヒーのいい香りがこちらまで漂ってくるようになった。
エスプレッソの出来あがり。
「詩織ちゃん」
お姉さんが手招きするので行ってみると、テーブル上には鍋に入ったホットミルクと……あれは、キャラメルシロップ?
コーヒーに混じって仄かに甘い香りを漂わせるキャラメルシロップをまじまじと見つめる私に、お姉さんはクスリと笑ってこう言った。
「言ったでしょう?美味しい淹れ方教えるって」
………………
お姉さんは、それはそれは丁寧にキャラメルマキアートの淹れ方を順序立てて説明していった。
説明を受けながら一緒に淹れてみたが、多少見た目が面白いことになってしまったのは許してほしいね。どうせ飲むのは私だし。
「これで出来上がりよ。さあ、リビングの方にいきましょう」
という訳で、これからお茶会が始まるのだが、キャラメルマキアートでもお茶会と呼ぶのだろうか。しかしコーヒー会というのも聞いたことがないしな……。
そんな昨晩から浮かんでいた疑問について考察していたが、すぐに考えるのを止めた。
実は今朝、クッキーを焼いてきたのである。
「お菓子もあるから、どんどん食べてね」
だが、こう言われては、クッキーを出すタイミングを失ってしまい、更に手作りであろうパイやタルトなどを見て自信まで失った。
今日のクッキーは上手く焼けたと思ったが、これらと比べると……。
……まあ、いいや、帰ってからお姉ちゃんと共に消費すれば、と若干諦めにも似た微かな溜め息をつきながら、キャラメルマキアートを口に含んだ。
「………………」
「ふふ、美味しい?」
「………………」
私の無言の返答を理解したのだろう、お姉さんは嬉しそうに微笑んだ。
不二君も、嬉しい時はこんな風に笑うのかな……。
………………
幼児ならおやつを食べるのであろう時間を告げる音が、壁掛け時計から聞こえる。
その時には既にお姉さんとも打ち解けて、のんびりと談笑を楽しんでいた。
学校の話、天気の話、お姉さんの二人の弟の話……お姉さん、弟が可愛いという話はこの間も聞きましたよ。
そんな感じで、うっかり不二君に対する感情をポロッと口走りやしないかと内心ハラハラしながら会話していたときだった。
がちゃ。
「ただいま」
その声に私は、ピクリと、身体を強ばらせた。
戻る