そのお姉さんの正体は驚くことに不二君のお姉さんで、不二君も美人さんだが負けず劣らず美人な方だった。
そして、不二君のコーヒー関連知識は、このお姉さんから教わったものらしい。
「まあ、私は私で、母さんから聞いたんだけどね。コーヒー知識は」
不二一家は、弟さんを除いて皆コーヒー好きらしい。
だから必然的にコーヒーのことは詳しくなっちゃうのよね、と彼女は言うが、果たして本当にそれだけだろうか。
「あ。そうだわ、コーヒーと言えばね、周助って毎朝コーヒー飲むんだけど……」
思い出したようにそう言うお姉さんに、それは存じておりますが、と心の中で呟きながら話の続きを聞いた。
「あの子最近、アメリカンのブラックから、イタリアンローストのエスプレッソにシフトし始めたのよねえ」
「……??は、はあ……そうなんですか?」
「そうなのよー。わざわざエスプレッソマシンなんて引っ張り出しちゃって」
耳慣れない単語に少々戸惑いを覚えたが、とりあえず不二君ちもエスプレッソマシンがあるのだということだけは理解した。
「今朝なんて、カフェラッテにして飲んでいたし……誰かの影響かしらねえ?」
クスリと笑って此方を見るお姉さん。何が言いたいんだろうか。
「あ、イタリアンローストっていうのはね、焙煎の度合いのひとつでね……」
訊いてもいないのに説明し始めたお姉さんは、やっぱり不二君に似てる、と思った。
「詩織ちゃんって、コーヒー好きなの?」
私のキャラメルマキアートを見ながら、お姉さんはそう尋ねた。
コーヒー自体は苦くて飲めないが、ミルクと砂糖を加えれば飲めるし、好きだ。
……と、そのようなことを伝えると、「あら、裕太みたい」と言ったのが聞こえた。裕太って、不二君の弟の裕太君のこと?
一時期は青学にいたけど、今はどこで何してるんだろうなあ、なんて考えながら、弟達の可愛さについて語るお姉さんの話を聞いていた。
………………
「あらヤダ、もうこんな時間」
時計を見ながらそうお姉さんが言った頃には、キャラメルマキアートはすっかり冷めてしまっていた。
あ、でも冷めても美味しい。
「残念だけど、私もう行かなくちゃいけないの。詩織ちゃんともっとお話したかったけれど」
お話と言うが、殆どお姉さんばかりが話していて、私はあまり喋ってないよね。
……とは、流石に言わない。
「あ、そうだわ。詩織ちゃん、いま携帯持ってる?」
そんなことを訊かれ、コクンと頷いて鞄から携帯を取り出すと、お姉さんはそれをスッと奪い取って何やら操作し始めた。
他人の携帯って、扱いにくくないだろうか、と他人事のように考えていると、
「はい、どうぞ」
美しい笑顔で、返してきた。
……一体何をやっていたのか、気になるところだが。
「詩織ちゃん、今度うちにいらっしゃいよ。美味しいキャラメルマキアートの淹れ方教えてあげる」
「あ、はあ……どうも」
「ふふ、時間がとれたら連絡するわね?じゃあね、バイバイ」
綺麗に手を振って去ってゆくお姉さんに、私はゆるゆると手を振り返した。
……どういう意味だろう、と頭にクエスチョンマークを飛ばしながら。
お姉さんの言葉の意味を悟ったのは、数日後。彼女からメールがきたときだった。
“不二由美子”とアドレス登録されていたことより、彼女が自分のアドレスをそらで打ち込んでいたらしいことにびっくりした。
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