「そういえばお前、名前は?」
「あ、まだ名乗ってなかったっけ?みさきだよ。好きなように呼んでくれればいいから」
「じゃあ能面顔で」
「悪口言っていいとは言ってないからね?」
好きなように呼んでいいとは言ったけどそういうことじゃない…!そしてマルコくん、その凶悪な満ち足りた笑顔やめなさい。なんか名乗ったけどとても名前は呼んでもらえないような気がしてきた。
「年は?」
「それを女性に聞く?」
「べつにいいだろい。そこまで年いってるようには見えねェんだから」
「よし、少しほめてあげよう」
いい子いい子と頭を撫でてあげたら2秒くらいで振り払われた。ほんと尖ってるなぁ。
「ね、私ちょっとこの島散策してきていいかな?」
「は?好きにすればいいだろい」
「あ、うん。そ、そうだね」
たしかにマルコくんに許可を取る必要なんてないんだけど…!できればいろいろ案内してほしかったかな…ははは。まあでもそこまで頼むのは少し図々しいかもしれないね。
とにかくこの島のことはなんにもわからないからせめて地形くらいは把握しておこうと、まずは島の端へ行くことにした。
「あ、ここ…?」
歩いてみてわかった。この島はそんなに大きくない。歩いて1時間経たないうちに海の見える小高い丘へついてしまった。そこは潮の匂いに溢れていて視界を遮るものは何もない。あるのは青い海と空だけ。ふとここがマルコさんの昔話に出てくる丘かもしれないと思った。きっと夜は透き通るような空気の中でここから夜空を眺めて過ごしていたんだろう。
「ここでこんなふうに寝転がってたりして!」
短く生い茂る緑の草の上に堂々と寝転がれば頬を撫でる少しだけ冷たい風が心地いい。ああ、これはマルコさん日課にもするよね。とてもいい気持ちだもの。もしこれが夜なら星空なんか見えれば最高だけど、この島からはなかなか見えないんだっけ?一度だけ見ることができたとか言ってたけど…。
遥か下のほうで波が打ち寄せる音が聞こえる。それさえも子守唄のように聞こえるのだから、この島は案外平和なのかもしれない。眠りに落ちそうになる体を起こして丘の先まで足を運べば、眼下にはやっぱり海があった。しばらく波の動きを見ていたけどそろそろ違う場所も見て回ろうと体を反転させたとき。
「ぎゃああああ!」
ずるっという音が聞こえたか聞こえなかったか、私の体は丘から落ちて…つまり足を踏み外した。ギリギリ丘の端に手をかけたもののここからどうしたらいいの…!
あたりには誰もいない。下には岩礁むき出しの海。絶体絶命すぎる。ああ、ここで死ぬならもう一度マルコさんに会いたかったなぁ。
「みさき!」
もう指先にも力が入らなくなってきたしジワジワとずり落ちているからやっぱり死ぬかも、なんて考えていたら名前を呼ばれた。
「マ、マルコくん…!」
「何やってんだ!落ちてるじゃねェか!」
「そ、そう落ちてるの!助けて…!」
なんというタイミングだろう。最後にマルコさんに会いたいと願ったからだろうか。子供ではあるけど願い通り彼に会うことができた。
マルコくんは私の腕をつかんでずるずると丘の中腹まで引っ張ってくれた。もちろんそこまでは引きずられっぱなしだったよ。
「あ、ありがとう。死ぬかと…思った…」
情けないことに震えが止まらない。本当に死ぬかと思った。もうだめかと思った。
お礼を言いながらマルコくんを見れば肩で息をしていて、彼もまた必死に私を助けてくれたのだ。感謝してもしきれない。
「このドジ!」
「お、おっしゃるとおりです」
「ここから落ちたら間違いなく死ぬぞ!気をつけろい!」
そして怒り心頭である。その怒りもご尤もなので正座をしてうなずくしかできない。
「助けてくれてありがとう…。マルコくんがいなかったら私死んでたよ」
「…まあそうだな」
「な、なにかお礼を…!」
「いらねェよい」
「え!」
「そのかわりもう二度とこんなことがないようにしろよい」
それだけ言うとマルコくんはどこかへ歩いて行ってしまった。ろくにお礼も言えぬままその背を見送ったのは心苦しいけど、あとでしっかり頭を下げにいこう。
不器用で、だけど優しい彼に救われた。そんなよく晴れた日のこと。
「あ、名前呼んでくれた…!」
Title:Rachelさま