ずずっとコーヒーをすする音と店内を流れる曲のふたつが空間に混ざって消えていく。
一言「おいしい」と漏らせば、目の前でグラスを拭く彼女は「そうですか」と返した。どんなにおれの呟く声が小さくとも、さよがその声を取りこぼしたことはない。
たった数文字の感想ですら嬉しそうに目を細めるその健気さが愛しく感じる。
しかしこんなやり取りはもう日常のようになっていて、それでも気持ちが褪せることもなく毎日顔を見にこの店を訪ねた。


「もう何年たつのかね、この店に通い続けて」
「ずいぶん長いような気もします」


店が閉まる間際の店内にはおれ以外誰もいない。いつでもこのゆったりと流れるこの時間を楽しんだ。

そうして気が付けば通い始めて何年もたっている。変わらない店に変わらない味。そして変わらない彼女の笑顔。どれだけ長く足を運んでも、何度同じやり取りをしても、それでも飽きることなくこの日常は続いていくのだろう。


「なんだか時間が緩やかに過ぎてるような気がするんです」


マルコさんと二人でいるこの時間は、いつもそう思うのです。安心するからかしら。


さよが告げた思いにおれも相槌を一つ。まったく身動きが取れないような日でなければどんな時でもここへ来た。
仕事で疲れているとき、なにもない日、本当にいろんな時があった。
苦しくとも彼女の笑顔や、声を聞けば仕事だって頑張れる。そんな気がするからこそここへ通っているのだ。彼女の言葉を借りれば“安心”だろうか。


「これからも変わらねェと思うんだよい、おれは」
「ええ、きっと変わりませんね。私もマルコさんも」


ここはこんなにも平和なのに窓を開けて、もっともっと遠くまで行けばきっとどこかで悲しんでいる人がいる。
こんなにもうまいコーヒーを飲んでいるのに、どこかでは水すら飲めない人もいる。


「感謝しなくちゃいけねェよい」
「…私も、そう思っていたところです」


今の自分の環境にも、そしていつでも変わらず平和で安心できる拠り所を提供してくれるさよにも。
そんな思いをすべて溶かしたように滑らかなコーヒーを一口飲んで、きっとまたいつか同じことを思うのだろうと、漠然と考えた。







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