今日の天気はあいにくの雨模様だ。風も強い。喫茶店への道中強い風と横降りの雨にさらされながら、少しだけ寒く感じる気温にもう夏は終わりなのだと実感した。
店についたらいつもの冷たい飲み物を頼もうかと思っていたが、もしかしたら温かいもののほうがいいかもしれない。

会社からたった数分の距離だが季節の移ろいを見た気がした。


「いらっしゃませ。まあ…!マルコさん髪が乱れてらっしゃいますよ」
「…どうしてこれで台風じゃないんだい」


店に入るとさよは心底びっくりしたような声を上げて近寄ってきた。その片手には厚手のタオルが。これはありがたい。薄い布のハンカチなら持っているが、悲惨なほど雨に打たれた今のおれにはハンカチなど無用の長物でしかない。

どうぞと差し出されたタオルを礼を言いつつ受け取り濡れた髪に持っていく。その際ふわりと香るそれになんとも言えない気持ちになった。
しかし柔らかくまるで心が落ち着くような匂いにさよらしさを感じる。
外の天気のせいで荒立っていた胸中もおかげで幾分か和らいだ。


「ご注文はいつものメニューでよろしいでしょうか」
「あー…」


いつものメニュー。タオルのことですっかり忘れていたがどうしようか。
主食はいつも通りでいいのだが飲み物は温かいほうがいいか。外に比べて店内は暖かいものの雨に濡れて冷えた体に冷たいものは少々堪える。

しかしいつものコーヒーも捨てがたいと悩み悩んでいると、カウンターの向こうでさよがふと笑う気配がした。


「今日は温かいカフェオレがおすすめですよ」
「そうなのかい。じゃあそれで」


注文するとさよは奥へと下がった。
話し相手のいなくなった手持無沙汰な時間、なんともなしに窓の向こうを見ればここへ来た時と同じく雨風は強いままだ。帰りもこの中を歩くと思うと今からうんざりしてしまう。着替えは持ってきたから服の問題はないが、この強風の中傘は意味がないし会社に着くころにはまた体が冷えていることだろう。
これからは傘ではなく雨合羽にするか、なんて考えていると温かそうな食事が運ばれてきた。


「お待たせいたしました」


ここに通い始めて何年たっただろう。温かいカフェオレは初めて頼む。この店にまずいメニューはないが、どんな味だろうと口に含めば、それは程よい甘さと温かさで疲れもあっという間に消えていく気さえした。


「これからどんどん寒くなりますからね」
「風邪も流行るだろうしな」
「お気をつけくださいね。無理をされると風邪の思う壺ですよ」


心配です、と眉を下げて言うさよに大丈夫だと伝えれば釈然としない顔をされてしまった。そんなに無理をしたことがあっただろうかと記憶を辿れば、なるほど。たしかにあったかもしれないな。
それは記憶に新しい。数日前に残業の話をしたことがあった。日付が変わるまでに帰れるかどうかすら怪しいと、なかば愚痴のようなことを漏らせば夜食を拵えてくれたのだが……あのおにぎりおいしかったな。


「ごちそうさん。今日もおいしかったよい」
「あら、ありがとうございます。ふふふ、何より嬉しい言葉ですよ」


さっきとは違う意味で眉を下げたさよに、こんな雨の中だが来てよかったと思えた。外の天気が最悪だが、まあ良しとしよう。

あ、そうだ。


「タオル洗って返すよい」
「そんな、とんでもないことでございます。私が勝手にしたことなんですから」
「…本当にいいのかい?」
「ええ、もちろんです。あ、そうだ。お時間大丈夫ですか?」
「ん、おう」


いったいなんだと再び奥へ下がった彼女の背を見つめていたが、案外あっさり戻ってきた。今度はその手にはタオルではなく一つの筒状の入れ物が。


「タンブラー?」
「前にいただいたものなんですがまだ一度も使ってなくて。お節介ではありますが今日は天気も悪いですし肌寒いでしょう?よろしければ受け取ってくださいな」


中身は温かいコーヒーですよ。

会社について着替えたら温かい飲み物でも買おうと思っていたからこれは素直にありがたい。


「ありがとな。ちょうどほしいと思ってたんだよい」
「そうですか。お役に立てたのであれば幸いです」
「今度なにか礼でも」
「ふふふ、そのお気持ちだけで十分ですよ」


それだとおれの気が済まない、そう言っても笑ってやんわりと首を振るだけだった。
少しだけ靄のかかる思いだが、しかしそろそろ戻らねば昼休みが終わってしまう。向こうがお節介で温かい飲み物をくれるというのならこちらもお節介で礼をしたいところだが今日のところはしかたない。


「…また来るよい」
「あらあら、そんな顔しないでくださいな。……お待ちしております」


なかなか難しい彼女にこっそりとため息をついた。
会社に帰って飲むコーヒーはきっとおいしいものだろうが、おそらくこの苦々しい思いを一緒に飲み下すことになるだろう。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -