ああ、眠い。昨日の夜はサッチから借りた本を遅くまで読んでいたおかげで寝不足だ。本といっても漫画なのだが、内容は驚きの少女漫画だった。なぜサッチが少女漫画なんかを…という疑問はもはやどうでもいいと思うことにする。

さて、肝心の本の中身だが読んだ感想を率直に述べるなら…出来すぎ。
男も女もどちらも見目麗しく、悩みもジャストなタイミングで助っ人が現れ颯爽と解決し最後は円満に終わる。定番というよりは王道。ありきたりだと感じるものの、そういう“出来すぎ”な部分こそ面白いと思うものなのだろう。

その中で一つ疑問が。
途中女がよからぬ集団に絡まれピンチに陥る場面があったのだが、そこへ駆けつけた男が一瞬で状況を理解し有無を言わさず集団に殴り掛かるというもの。
まあ一瞬で状況を理解するのはいい。余程頭の回る男なのだろう。ただわけも聞かず、解決策=殴り掛かるというのはどうなのだろうか。


「やっぱり女ってのはそういうのがいいのかね」
「さあ…どうかしら。漫画の中だからこそ許されることもあるのでしょう」
「ということはつまり感情移入するわけじゃないんだな」


漫画だからと割り切ってみているということは…じゃあ漫画を読んでときめくとはどういうことなのか。少年漫画を読んでハラハラする気持ちはなんなんだ。


「どうかなさいました?」
「漫画の読み方がわからない…」
「あらあら…。珍しい悩み方をされますね」


漫画は漫画。そこへ現実のルールを持ってくるのはナンセンスだ。しかし読んでいてひとつ気になるとどうもそれ以外に気が回らなくなる。
仮に今回の漫画。もし自分なら大切な女性が絡まれたときどうするだろうか。冷静に話し合いに持ち込むような気がするが、案外あの漫画のように暴れるかもしれない。

ちょっと気になってカウンターの向こう側にいるさよを眺めた。


「マルコさんならどうされますか?」
「…今それを考えてたんだよい」
「ふふ…ぜひ答えをお聞きしたいわ」
「おれは…」


どうするだろうか。
変な輩に絡まれてさよが困っていたら。泣いてしまったら。そんな場面を目撃してしまったら理解が追いつく前に勝手に体が動きそうだ。つまり…。


「漫画ってのは世界の縮図みてェなもんかもなァ」
「ずいぶん難しいことをおっしゃるのね」
「今なら殴り掛かった男のこともわかる気がするよい」
「まあ…困ったわ」


さよはしっかりしているからまさかそんな場面に遭遇することはないだろうが、しかしそれもわからない。万が一ということもあり得る。
起きるかどうかもわからない出来事に頭を抱えたとき、ふわりとさよがおれの手を包んだ。


「人を殴ったらマルコさんの手まで痛くなってしまいますよ」
「…おれはべつにいいんだよい」
「それでは女性が悲しむでしょう?」
「……さよはふつうにしてそうだ」
「…これでふつうに過ごせるかたがいらっしゃるのならぜひお目にかかりたいくらいです」


優しく握っていた手にキュッと力を込めたさよの顔は少しだけ悲しそうに見えた。まったく、ただの想像の話なのにそんな顔をして。これじゃあまるであの漫画のようにおれが誰かを殴った後みたいじゃないか。けれど、もしそうなったとしてもきっと彼女はこうして人を殴って痛んだ手を優しく握ってくれるのだろう。


「ですがもし…私のために戦ってくださったのなら、こうして手を包んで差し上げたいです」
それだけでは痛みは消えないと思いますが、と眉を下げるさよにそんなことないと言葉を返せば一瞬悲しそうな表情を浮かべたあと、やわらかく笑った。

たしかに怪我した手を握られたって傷は治らないだろうが、しかしそうして温かい手で包んでくれることをきっと何より望むだろう。
もちろんできることならそんな現実に遭わないのが一番だが。







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