はあ、疲れた。

今日は朝からバタバタしていたおかげですっかり昼休憩の時間がずれこんでしまった。部下がちょっとしたミスをしたのだが、報告連絡相談のアレがうまく行きわたらず些細なミスが大事になってしまったのだ。
部下の失態は上司の失態。もちろんミスしたことはいいこととは言えないが、一生懸命やった結果のミスならば仕方がない。その尻を持つのも上司の役目だからな。少しだけ凝った肩を鳴らしてようやく仕事が片付いたことに一息ついた。

さて。
今の時間を確認して迷う。今からあの喫茶店に行くとなると入れることは入れるだろうが食べている間に一旦店を閉じる時間になってしまう。
あの喫茶店は軽食だけでなくガッツリしたものも置いてあるため、こうして間をあけるのだ。

散々迷ったが腹が鳴るのを合図に兎にも角にもと向かうことにした。
その途中社内の若い女性社員が、夏は日焼けが嫌だとか、暑すぎるとか、日焼け止めが高いとか女性特有の悩みを口にしていた。




「いらっしゃいませ」


よく聞くあのカランとした音を立てて扉を開けた。店内を見れば客は自分含め2人しかいない。その一人もちょうど食べ終わったらしく席を立ったところだ。


「好きなお席にどうぞー」


好きな席と言われても当然おれはいつものあの場所に座る。さよは先客の会計を済ませた後、水とおしぼりを出してくれた。冷たい布がとても気持ちいい。ああ、たしかに今日はあの女性社員たちが言っていたように暑いな。


「お疲れ様です。今日はいらっしゃらないのかと思いました」
「ちょっとごたついてたからな。危うく飯も食えないかと思ったよい」


冗談めかして言えば、それはいけないわ、と優しく笑った。その笑顔になんだかんだ疲れが取れるのを感じながらメニューを手に取った。そしてさよはそれに首をかしげる。そういえばいつも同じものを頼むからメニューなんてほとんど見たことがない。


「あら、珍しいですね?」
「もうそろそろ店しめるだろい。いつものガッツリしたのだと食べるのに時間がかかるから」
「まあ…!そんなこと気になさらなくてもいいんですのに」


もちろん時間が来ても食べている最中であれば食べ終わるまで店内にいても構わないのだろうが迷惑になっても困る。この店は彼女がひとりで切り盛りしているのだ。早々に休みたいだろう。


「どうぞお気遣いなく。いつも通りで結構ですよ」
「…じゃあ遠慮なく」


結局お言葉に甘えていつも通りのものを頼むことにした。ここに来るたびにいつも違うものにしようと思うのになんだかんだ同じものにしてしまう。またいつか、と思うもののそのいつかはなかなかやってこなかった。
そしていつも同じものを頼むのにはもう一つ理由がある。単純に料理している姿が好きなのだ。ガッツリとしたものを作るために大鍋を振るう姿は思わず見入ってしまう。

今日も同じように見ているとふと思い出すことがあった。先ほど聞いた話、日焼け止めがどうのこうの。
食べ物を扱うからか、かなり露出は少ないもののだからこそわずかに出ている部分に目がいってしまう。たとえば真白い手だとか。


「お待たせしました…どうしたんです?」
「手が…いや、なんでもない」
「ちょっと、そこでやめないでくださいな」


手の白さに思わず見入っていただなんて言ったら彼女はどう思うだろう。もしかしたらただの客から妙に目ざとい変態と思われてしまうかもしれない。でも目の前の当人は言葉の続きを知りたがっている。


「失礼なこと言うかもしれねェよい?」
「マルコさんったら、真顔で失礼なこと考えていたんですか?」
「そうじゃなくて…」
「大丈夫ですから、おっしゃって?」


にこにこと人の好さそうな笑みを浮かべながら言われたらいうしかないじゃないか。くれぐれも変態だと思われませんように。情けないお願いを心の中でつぶやきながら思ったこと口に出した。


「その…手が白くて綺麗だなと」
「手?そうかしら。マルコさんの目から見て綺麗?」
「あ、ああ」
「ふふ、ありがとうございます」


さよはそっと自身の手を握って礼を述べた。ありがたいことに変態だとは思われなかったようだが、ずいぶん恥ずかしことを言わされたような気もする。それについては釈然としないものの、やはり目線はその白い手に向いてしまう。


「うちの女社員が、夏は日焼け止めを塗るのに一生懸命なんだと」
「そうですね、女性にとっては必需品ですよ」
「さよもかい?」
「いえ、私は塗りませんよ。仮にも飲食店の店主だもの」
「休日とか」
「日焼け止めの感触が好きじゃなくて」


なるほど。それはわかるかもしれない。前にサッチが塗っていたので試しに借りたところ、サラサラというかなんというか。すこしペタついた気もする。それでああこれはダメだと思ったのだ。

するとこの女店主はとくに日焼け対策はしていないのだろうか。聞くと日傘をたまに差すくらいだという。基本的に日焼けにそんなに抵抗がないらしい。
それを聞くと世の中不公平な気がしなくもない。一方では必死になって白い肌を保とうとするのに一方では日焼け自体しないというのだから。

可愛いは作れるという言葉を聞いたことがあるが、彼女の場合どうやらわざわざ作らなくても元からそこにあるようだ。
なんだか目の前で嫋やかに笑うこの女性はどれだけ年を重ねても今と変わらないような、そんな気がした。

きっと何年かのちも、彼女はその白く細い腕に似つかわしくない鍋を振るっているのだろう。






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