カラン、と乾いた音が聞こえて振り返る。いらっしゃいませと声をかければその人は片手を上げて穏やかな笑顔をくれた。そしてそのまま定位置のカウンターへ。
「お疲れ様です」
「おう。さよもな」
あ、いつものひとつ。
と彼は言うがあいにく注文される前から作り始めていた。
この常連さんはどうやら近くの会社に勤めているらしく今日のようにお昼休みには毎日と言っていいくらいの頻度で店に顔を出す。時々仕事終わりなんかにも顔を出してくれることもあるがお昼には決まって同じものを頼むため、いつごろからか注文される前から作り始めるようになった。
こんなことがもう数年続いている。私にとって大切なお客様だ。
「最近特に暑いですね」
「そうだな、近所でも何人か運ばれたよい」
「あらあら。マルコさんも十分気を付けてくださいよ」
薄手のタオルで額を拭うのを見て今日も外は暑いのかと思った。私はこうして自分の店の中にいるからあまりわからないけど、来てくれるお客様の大半はやはり暑いと汗をかいている。
人間暑いと集中力もなくなるしいいことがない。
「ん?なんだいこれは」
「ハーブティーです」
「頼んでねェよい」
「サービスですよ、ぜひ飲んでください。すっきりしますから」
そうして勧めれば一言ありがとうと言って飲んでくれた。
今の店内は私と彼の二人だけ。もしお店がもっと混んでいたらこんなに堂々とサービスなんてさすがにできない。経営者としてお客が少ないのは問題だがこういうことができるのだからまあいいだろう。
すると再びカランと来客を告げる音が響いた。その後はまるでそれが皮切りになったかのようにお客さんが一人、また一人と増えていく。
いらっしゃいませと声をかけつつも時計を見ればなるほど、ちょうど忙しくなってくる頃合いだった。ここからはいつも通り目の回る忙しさになるだろう。
「じゃあおれはこれで」
「あ、ありがとうございました!」
「ごちそうさん」
「どうぞまたお越しくださいませ」
そして常連さんは帰って行った。きっとまた明日も来てくれるだろうから、今度はどんな疲労回復アイテムがいいか考えよう。
そんなことを空になったティーカップを見て思った。