03
※ 「可愛いうそつき」の感じのエースです
今日は朝から船内がバタバタと忙しない。理由は考えるまでもないほど簡単。単にバレンタインだから。この船では女の子だけじゃなくて男の人もチョコを用意する。もちろんオヤジにあげるためにね!ほとんどの男の人はここで終わり!あと動き回るのは本命がいる女の子くらいかな。
私も一番最初にオヤジにチョコをあげに行って、そのあとは隊長たちに。そして手元に残るチョコはひとつだけ。
「エース隊長チョコもらってくれなかったー!」
「うそー。私もよー?」
「若いのに硬派よねー」
「そんなとこもカッコいんだけど」
私の手元に残ったチョコの宛先は今横を通ったナースが話していた渦中の人物へのもの。
最近は前よりも仲良くなれたかなー、なんて思うけどそれでもエースはそっけない。挨拶だってまともに返してくれたことがないくらいだし。やっぱりあげる前に断られちゃうのかな。せっかく一生懸命、一生懸命作ったんだけど…。
「ううん!悩んでてもしょうがない!渡しに行こ」
まだあげてもいないのになんで結果がわかるの?やっぱり実際に渡してみるまでは結果なんてわかんないよね、ってことでエースを探しに行く。と、思いのほか簡単に発見。
「エース!」
大きな声でその名前を呼んで手を振ると、一応立ち止まってくれた。よし、ここまでは順調!
「エース、あのね!」
「…なんだよ」
緊張するなー。朝からいろんな情報を聞いた。マルコ隊長が誰にもらっただとか、サッチ隊長がナースにチョコもらいに医務室に乗り込んだだとか、ハルタ隊長がチョコに埋まっただとか。でも、エースがチョコを受け取ったという話はまだ1件も耳にしていない。
「あ、あのね、昨日がんばってチョコ作ってみたの…!よかったら受け取ってほしいんだけど…!」
「……」
ドキドキ、ドキドキ。心臓が未だかつてないくらい騒いでいる。エースはなにも言わないし、動かないし…。
「あ、あの…、」
「…いらねェ」
「え、」
予想はしていたけど、聞きたくなかった言葉。わかってはいたけど胸の奥がチクリと痛む。心なしか鼻の奥もツンとする。
「あ、あ…そっか、うん、そ…っか。え、と、わざわざ呼びとめちゃってごめんね」
「…じゃあおれ行くから」
「うん…」
返事を聞いてすぐ、エースはくるりと背を向け私とは真逆の方へと歩いていってしまった。
あからさまに動揺する私にもいつもの態度を崩さないエース。エースらしいなァと思いつつも胸の痛みを止めることができない。その場から動くことができない私はただ遠ざかるエースの背中を見つめるだけ。
(…チョコ…、どうしよう)
呆然としていると、小さくなってしまったエースの歩が止まった気がした。私はそこまで目がいい方じゃないから気がしただけかもしれない。無駄に船が広いのも困りものだ。
そんなふうに見当違いなことを考えていたら、視線の先の彼は再び反転してなぜかこちらに向かってきた。さっきまで見れば見るほど小さくなっていった彼が、今度は段々大きくなっていく。
ついに私の目の前まで来たエースはやっぱり何も言わない。なにも言わないままただ私を見てるだけ。
「エース?どうしたの?」
「…あのよ、」
彼の真意を理解できたことなんて今まで一度もない。だけど今回は今まで以上に理解できない。いったいどうしたというのだろう?
エースはそれまでずっと私に向けていた視線をふいに外し、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あのよ…、やっぱり、それ…くれねェか?」
「え?」
「…だからよ、チョコ…くれねェか?」
「ほ、ほんとうに!?」
し、信じられない。一度は諦めたけど、まさかこんなことが起きるなんて…!信じられなくて聞き返すと、少しだけ頬を染めたエースの首が縦に動いた。
嬉しすぎてどうしよう…!この船のだれからもチョコを受け取らなかったエースが、私のチョコをもらってくれるなんて…!
「ありがとうエース!私、本当に嬉しい」
「……べつに。腹減ってただけだ」
彼の言葉が嘘か本当かなんて私にはわからない。それでも頬を少しだけ赤くして、クセのある自身の髪の毛を乱暴に掻くエースを見ていたらなんだか心が温かくなった。