他意はない。期待と願望はあったかも


「あぶねぇ!」


咄嗟に動いた体と張り上げた声に、驚いたaaaの肩は大きく揺れ、相変わらず前髪の奥に隠された瞳をこちらへ向けた。けれど向けた瞬間には逸らされた瞳と顔。
屈強な男たちの力に任せた容赦ない来襲に慣れてしまっているからか、抱きとめた腕はより細く、より軽く感じてしまう。そもそも、だ。緩やかに回復しているとはいえこんな調子であるにもかかわらず深夜にひとりきり、傍にナースもつけず練習するなど何を考えているのやら。それをナースたちは許しているのだろうか。
という疑念は今回が初めてではない。さらに言ってしまえばここに来たことも偶然ではなくしっかり自分の意思である。
実は数日前もaaaはここでひとり、歩く練習をしていた。やはり傍には誰もおらず今と同じ状況で、ただその日ここへ来たことだけは本当に偶然だった。偶然というよりは気が向いたから。顔を見たいわけでも話がしたいわけでもなく、なんとなく足がここへ向いただけ。それだけだったのだが、面会は望んでいなかったというのにaaaの顔を見ることができたのはこいつがたった一人、練習をしていたからだ。
声をかけようかとも思った。けれどこんな深夜にいきなり現れたかと思えばろくに会話もしたことがない男に話しかけられるなんて怖がらせてしまうかもしれない、とやめた。見つからないように物陰からこっそり覗い、何事もなく終われとひたすら念じながら、ただただ終わるのを待った。

あの時は少なくともおれが見ていた範囲では転倒することもなく終わったけれど、練習をいつから始めていたのかはわからない。もしかしたらおれが来る前に何度も転んでいたかもしれない。
触れた腕の脆さに、強くぶつけてしまえばまた折れてしまうと本気で思った。だからこそひとりでの練習はまだ早いのではと思っているのだが。
きっと自主的な歩行の練習は認められているのだろう。3週間前には少しずつ練習を始めると言っていたし、実際1週間ほど前から練習は始まっている。だがひとりで、というのはどうなのだろうか。誰も知らなければ今のように何事かあっても対応できず、大事に至れば処置するまでの時間だって重要になってくるはずだ。しかし1週間前の段階ではまだひとりきりでさせるには不安があると言っていた。経過を見て、一人で練習させるに足ることがあったのか?

おれの腕に体重を乗せ、小さくなるaaaに、こういう時のため怯えさせないようにと何度か顔合わせしたはずなのに、となかなか現実はうまくいっていないのだと知る。


「おい、だいじょ」
「も、申し訳ございません」


水を受けた猫のように腕の中から抜け出したaaaは、いったい何に対してなのかわからない謝罪をすると綺麗に指先を合わせ額を床へつけた。つまり土下座だ。
なぜ謝ってくるのかもわからないのに土下座までされてまったく状況が飲み込めない。加えて、よくよく見てみれば肩は小刻みに震えており、まるで怯えているようである。
何も言い出せずにいるおれをaaaがどう思ったのかはわからない。けれど時間の経過とともに大きくなる震えと浅く速い呼吸が黙ったままの態度がaaaを追い詰めてゆくことだけはわかった。たとえそんなことしかわからなくとも、aaaが謝るべきことは何一つないということを教えてやらなければ。


「謝る必要なんてねェよ。あ、その…怪我はねェか?」
「…ご、ございません」
「……ならよかった。こんな時に怪我でもしたら辛いもんな!ははっ。無事でよかっ」
「め…面倒事ばかり起こしてなんとお詫び申し上げたらよいか…不出来な私をどうかお許しくださいませ…。いえ、どうぞご存分に処罰を…」


わ、わからねェ。
こいつはなんの話をしてんだ。謝る必要なんかないって言ってんのにお詫び申し上げ…とかお許し…とか、ひたすら自分を卑下して謝罪を繰り返している。aaaが謝るというのならひとりで練習をさせる隙を与えてしまったこちらもまた謝らなければならない。しかし今ここでそんなこと言おうものならaaaのあまりに謙った姿勢はさらに加速するに決まっている。まさに目に見えるというやつか。
ただ、おそらくかつての生活はそうでもしなければ琴線に触れた主人から酷い仕打ちを受けていたのだろう。それこそ額を擦り付け、謝罪以外の言葉は求められず、それでも耐えるしか道はなかったのかもしれない。でなければ、こんなにも震える必要があるだろうか。顔も上げず、相手の目を見ることも叶わず、自分を傷つけてばかりで。
ここではそんな必要ないというのに。

散々読んできた本には焦りとともに相手を否定することもまた禁物だと書かれていた。傷ついた心を優しく包むことが大切なのだと。それはナースたちにもずっと言われてきたことだった。しかし今の自分はどうだ?
それらの知識を活かすどころか目の前には未だ恐怖で震え指先を鳴らす姿しかない。たとえ棘を抜くことはできなくても。せめて丸くすることができらいいのにそれもできない。
付け焼き刃の知識をつけたところでそれを形にする力がないのだ、おれには。それらができないうちは無責任にもaaaの前へ出るべきではなかったのかもしれない。となればこそこそと物陰から見つめるしかないわけで。
ただ、諦めるわけではないが昔から繊細な生き方はしてこなかったおれが努力を通してこの先望む結果が得られるのだろうか。今はまだ優しく語りかける自分自身を想像できない。なんといっても一緒に過ごしてきたのがあの山賊たちだ。がさつを体現したような輩たちである。弟にしてもおれやサボと同じく野山を駆け回り海賊の高みへいくことしか考えていないのだから、環境からして無理があると思う。このおれがいつか繊細な心配りを必要とする日が来るなどだれが知っていただろうか。よくよく考えれば付け焼き刃どころの話ではないかもしれない。

ただ、放っておくこともできないのだ。


「処罰なんていらねェだろ。お前は悪いことなんてしてねェんだ。ただ歩こうとしただけなのに」
「……寛大なご措置、ありがたく…」
「待て待て待て、さっきからなんだその難しい言葉は。それは偉いやつに使う言葉だろ?おれに使う必要はねェはずだが?」
「で、ですが……エース様は命の恩人だと伺っておりますから…」
「様!?」


aaaの態度はもはや謙遜の域を脱しているというのにここへ来てとんでもない敬称をつけられ仰天するばかりだ。
いつぞやか、フリージアが言っていたことを思い出す。aaaにはおれのことを伝えてあると言っていた。あの時はたいして気にもとめず、それもせいぜい名前やこの船での役割、それ以外であるならaaaがこの船にいることとなった経緯くらいだろうと。おそらくそれらは伝えられているはずだ。そうでなければとうに船から降りていたに違いない。目が覚めたら見知らぬ人々の中、陸から遠く離れた場所にいるのだから。付け加えるとここは海賊船だ。身の危険を察知し、やはり下船してもおかしくない。

しかし命の恩人というのは些か行き過ぎではないだろうか。どのように伝えたらそうなる?
おれはただあの日偶然にも嵐に打たれるaaaを見つけ船につれてきただけで、実際に命を救ったのはナースたちであり、乗船を許可してくれた親父こそ命の恩人だと考える。aaaのことだからきっとそうして自分に関わったみんなを命の恩人だと思っているのだろうが、運んだだけの男まで命の恩人と言ってこの態度では療養どころではない。

おれは人間の腕というのはどうしたって筋肉があって多少なりとも脂肪があるものだと思っていた。でもそうではなかったのだ。今にも折れてしまいそうな枯れ枝となった腕を見たとき、こんな腕は人間じゃないと思った。人間にあってはならないと思った。失礼だけど、人間というなら人間と呼べるものがなければ。いや、そうじゃないんだ。ただ、そうでありたかったしそうであってほしいという自分勝手な願いである。だっておれが見つけたのも、船へ連れ帰ったのもゴミや物なんかじゃなく、れっきとした人間なのだから。
世界のどこかでは肥え太り、飯を捨てる馬鹿もいれば、かたや水すら飲めずからからに乾ききって今にも飢えに仰ぎ死にそうなやつがいる。生きることに苦労しないならそれでいいのかもしれないけれど、少なくともaaaは後者だろうし苦労は免れない。おれたちのような荒くれ者ならば話は別だが。
ここへ連れてきた以上、これまでのような苦労など背負うことなく生きてほしいのだ。食うことにも寝ることにも困ることなく、自由に走り回り何も考えず空を眺め、好きなときに昼寝でもしてほしい。
なにかと生きる理由を探すおれと違ってaaaはそんなこと気にせず生きてくれたら。もちろんこれも手前勝手な希望だということは理解している。けれど散々辛い思いをしてきたはずなのだ、我慢を重ねてきたはずなのだ。自分を殺し、誰かのために額を床に擦り付けるなどもうしなくてもいい。そんなことをしてほしいんじゃない。

たとえばおれの口から出る言葉が否定と取られてしまっても、そうじゃないといつかわかってくれたらそれでいいんだ。
おれはお前の人間としての尊厳を守りたいだけなのだと。


「頭上げろよ。おれはそんなことをしてほしくてお前をこの船に連れてきたんじゃねェ」


それでもaaaの頭が上がることはなく額も床にくっついたままだ。ただ、一瞬空気を震わせた肩の意味は考えたくはない。恐怖だろうとなんだろうとこれだけは言っておかなければならないのだ。


「おれは、いつかお前がまたどこかの国で、街で暮らしたときに堂々と胸を張って生きてほしいと思ってる。誰でもそうしていいはずだろ?それができるようになるまで面倒を見ると決めた。だから、そんな軽々しく自分を卑下してんじゃねェよ」


もしかしたらaaaにとってはいい迷惑かもしれない。aaaが連れて行ってほしいと願い出たわけでもなければ、あの日嫌がったわけでもない。そもそも意識もなかったわけだからaaaの意思を尊重できるはずもないのだが、それらを差し引いてもいまだおれにはこいつにとっての生きる意味はわかっていない。生きたいのか、死んでしまいたいのか、それすらもわからないのが現状である。もっとも、今のこいつにそんなことを考えるような余裕があるかどうかも甚だしい。

だからこそ、と。なにかがaaaの中で決定づいてしまう前に、ここへ連れてきた理由と願いだけは知っておいてほしかった。
それを知った上での悲観であるならばまあわからなくはない。簡単には認めたくはないが。ただそういった苦しみに偲ぶ想いもおれ自身わからないわけでもなければ経験もあるゆえに、おそらく頭ごなしの否定を今度こそしないだろう。なんならなにもかもわかっていて判断材料にしたのであればある意味成長と捉えることもできる。結果がおれの望む方向へと進まなかっただけであの日助けた意味はあるのかも、と。
ただし、どう足掻いてもおれの望みは"洋々たる未来"であるので出だしからして必死なのだが。

言葉の数々がどれほど聞こえたのか、響いたのかはわからない。指先を合わせ頭を下げ続けるに、何一つ届いていない可能性は十分にある。今はまだ記憶に残る程度でいいのかもしれないと、言いたいことを言って少しだけすっきりした頭が連れてきた冷静さがそう思わせてくれた。そして今更になって"ゆっくり向き合っていく大切さ"を思い出す。
いや、忘れていたわけでもないのだが、こんな時分に付き添いもつけず一人で歩行訓練をしているaaaを見ていたら、そのゆっくりというときの流れが取り返しのつかない未来を連れてきてしまう気がして。思わずそうしたこれまでの一切合切をかなぐり捨てて自己主張してしまった。

だって、なぁ、言うなら今しかなかっただろ。

生きる理由を探しながら生きる必要はない。けれど生きる意味を持って生きてはほしい。
それができたらきっと笑って生きていけるんだろ?


「エースの意見には概ね同意です」


おれのようにはなってほしくねェな、なんて思いながら少しでも小さくなろうと丸くなってしまっているaaaにどうやって頭を上げてもらおうかと考えていれば、細く、高い声がしんとした夜半の空気を打つ。フリージアだ。


「aaa、あなたまた一人で練習をしていたのね?危ないからダメだと言ったじゃない」
「…また?やっぱり今日だけじゃねェのか。いったいどうなって…」


フリージアが来てもなお頭を下げ続けるaaaにやれやれといったふうに笑う。呆れ、ではなさそうだが、フリージアの眼差しは患者へのそれよりも手のかかる妹を見るかのようだ。他人行儀なものではなくどことなく慈しみを感じる。可愛さでもあるのだろうか。
フリージアはaaaの横へしゃがんだかと思うとそっと指先、そして二の腕を取りゆっくりと立たせた。おそらく部屋へ戻るのだろう。

しかしそれはそれ、これはこれである。
フリージアは"また"と言った。つまりそれはaaaが確実に今日以外でもこのように練習をしていたことを認識しているということ。わかっていてなんの対策もしていないのか?気をつけていないのだろうか。
フリージアの眼差しやこれまでの医療関係者の奮闘を見ていれば、決してaaaがどうでもいいということはないはずだ。ただ単に忙しいのだろう。彼女らのやるべきことはなにもaaaのことだけじゃない。親父の体調だってこまめに記録したり気遣ったりと常に気を張っている。親父もナースらの言うことも聞かず好きにお酒を飲んだりなんだりしているし、おれが思う以上に苦労しているはずだ。
ただやはりそれはそれと思ってしまうのである。

納得できないとフリージアに噛み付こうとしたところで、aaaを部屋へと仕舞ってしまったフリージアがかすかに振り向き唇に人差し指を添えた。子供にするようにしぃ、と。そして動いた唇からは音もなく「待っていて」と紡がれる。
きっとフリージアはおれの言いたいことがわかっているのだろう。感情が顔に出やすいことは自覚しているし、頭を下げるaaaとおれ、そしてやり取りを聞いていたのなら聡い彼女ならばすでにお見通しなのかもしれない。
それにきっとおれたちがこれから話すであろう内容をaaaには聞かせたくなかったというのも考えられる。それについての意見は合致している。なんならおれの方こそ浅慮であった。
早くいけ。しっしっ、と手で追い払えば直後にパタリと扉が閉まって広い廊下にただ一人取り残された。

音一つないはずの静寂が何故か耳に痛い。

今日は雲が多いからか廊下へと差し込む月明かりはひどく頼りない。薄暗くひんやりとした廊下のなんと寂しいことか。こんなところで、こんな時間にただ一人、練習を繰り返すaaaを健気と言っていいのか非常に悩みどころだ。どうやらフリージアたちから一人での訓練はまだ許可されていないようであったし、きっとaaaが自主的にしているのだろう。場合が場合なら褒めることも吝かではないのだが、となるとやはり今回の件は健気というより無謀と表したほうが適切だろうか。
今の己の体調や境遇について省みることはなかったのかと思わずにはいられない。まだまだ不安もあるだろうに。なんとなくaaaは急いてる気がする。
それはなぜなのか。わかるような、わからないような。

壁にもたれ俯いた口からうーんと唸る声が漏れる。
こんなこと本人にしかわからないのだから考えても仕方がない。と思いつつも、ついつい思考していれば先程はパタリと閉まった扉が今度はきぃと音を立てて開く。
中から現れたのは勿論フリージアである。しかしその出で立ちはいつものナース服ではなく気が抜けたような寝間着だ。髪もところどころくるくると好き放題になっている。
さっき出てきたときもそうだったっけ、と思い出そうとするが思い出せない。それどころではなかったからそんなところまで気が回らなかったのだが、普通に考えれば今はぐっすり眠っていなければならない夜夜中だ。当たり前のようにここにいるおれやaaaがおかしいだけで、ナースだって人間だし休息は当然必要となる。
思えばaaaにばかり意識が向いてしまってナースたちの管理体制を疑問視していたが昼夜を問わず面倒を見ろというのはあまりにも自分勝手な考えであった。彼女らが懸命に向き合ってくれていたことを知っていたはずなのに。
そう思ったらあの噛みつかんばかりの剣幕だった己が急速に恥ずかしいものに思えてくる。というか恥ずかしい。しゅるしゅると萎んでゆく怒気を感じながら、「待たせてごめんなさいね」と謝る余裕まで見せる彼女にどう話せばいいものかわからずにいる。
きっと対策はしていたはずだしaaaの面倒を見ることにすでに心血を注いでくれているはずだし。何も言うことないんじゃないか?

すっかり勢いを失ったおれにフリージアは首を傾げている。その視線は言いたいことがあったんじゃないのかと言いたそうだ。
そう、言いたいことはあった。だがそれは少し前までの話で今は自分なりの結論が出てしまっている。なんならあのみっともない姿は思い出したくないくらいだ。
もはや言いたいことというよりは聞きたいことに近いものになってしまっているが、それもどうやって聞いたらいいかと悩んでいると、フリージアが「aaaね、」と切り出す。


「眠りが浅いみたいでちょっとした物音ですぐに目を覚ましてしまうのよ。それになんだか焦ってるみたいで」
「焦る?何にだ?」
「……詳しく聞いたわけじゃないんだけど、aaaは…ずっと奴隷として過ごしてきたでしょ?だからいつまでも休んでるわけにはいかないって、何か仕事しなきゃって思っちゃってるみたいで」


仕事の方はマルコ隊長が手配してくれてるみたいだけど、急ぐ必要なんてないのに。

そう零したフリージアは困ったふうに眉を下げた。aaaがナースたちに何をどれだけ話しているのかはわからないが、少なくとも今聞いた話はどれも初耳である。
まだ許可の出ていない一人きりでの練習をこんな夜中にしていたのもそういう心の表れなのだろう。人の役に立ちたいというよりは働かないことに対する恐怖が根底にある気がする。おれからすれば仕事なんて元気のあるやつがやればいいしやりたいやつがやればいい。けれどこれまでaaaを取り巻いてた境遇がそうはさせてくれないようだ。やらなきゃ、という自身を縛る呪いが強すぎる。


「頑張って話してはいるんだけど、やっぱり不安って簡単には無くならないのね。今日も誰かの寝言で目が覚めて、きっとそのまま練習を…」
「……誰もそれに気づかなかったのか?」
「そうね、ごめんなさい。私達の不注意だわ。すぐに気付けるように必ず誰かが一緒に眠るのに」
「あ、いや。責めてるわけじゃねェ。お前たちだって疲れてんだろ。ただ、お前たちだけじゃ大変だって言うんなら声をかけてほしい。できることがあれば協力する」
「…ありがとう、エース」


最初は詰問してやろうと意気込んでいた筈だったが、一人取り残された廊下で随分冷静になったことと、伏せられた長いまつげの下にうっすらと暗い影がさしていたことに気づいてしまって、当初とはまったく違う言葉が口から出てきていた。
もちろん協力するという言葉に嘘はない。大変なら大変と言ってくれたほうがいざという時こちらも動きが取りやすいし、マルコあたりは頭がキレるから妙案の一つや二つくらい浮かぶだろう。仕事のことも知らないうちに動いてくれているようだし。いや教えてくれよとは思うけど。
ただ、おれにできることはなんだろうか。医療に精通しているわけでもなければマルコのように仕事などの采配ができるわけでもない。一クルーのおれにできることはなんだ。


「エース、お願いがあるの」
「なんだ?言ってくれ」
「…もし今日のように目が覚めてしまう夜があったら、aaaの様子を見に来てくれたら嬉しい」
「ここへか?」
「えぇ。またあの子が一人で練習してしまうかもしれないし…ううん、夜だけじゃなくて昼間も、よかったら会いに来てあげて」


…いいのだろうか。夜はともかく、昼間に会いに来ても。先程の様子から安易に顔を出してはただただaaaを怖がらせてしまうだけの気がする。隠していても仕方がないのでフリージアに伝えてみると、彼女は首を左右に振った。


「あなたみたいな人が傍にいてくれたら、きっとaaaは生きていけるわ。正しいところへ行ける気がするの」
「…おれなんかがか」
「おれなんか、って…。私はさっきのエースの言葉に思い切り頷いたんだけど?」
「あれは焦りすぎたかもしれねェ」
「大丈夫よ。私たちがいるもの」


ぐっと力こぶを出すかのように腕をぐっと曲げて笑ってみせたフリージアからは頼もしさしか感じない。
思えば"会いに来てあげて"なんて言われたのは初めてだ。歩行訓練を始めたとはいえ、ナースたちの元で過ごしていたaaaに迂闊に会いに行くことはしづらかった。それは自分がどこまであいつに関わっていいものなのか測りかねていたからというのもあるし、実際ナースたちからそんな声がかかることもなかった。
それを医療に従事する者の目から見て許可が出たのだ。安堵しないわけがない。

aaaがこの船に来てそろそろ3ヵ月という頃のことである。
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