いいよもう、げんきならいいよ


「おれが…隊長に…?」
「あァ、まだ確定じゃないがな?でも、エースはどうかって声が結構あがってるんだよ」
「おれが…隊長…」


なんの気なく倉庫を整理していれば突然振られた話題に思わず聞き返す。
まだ確定じゃないと言いつつも一緒に整頓を続けるそいつの声は明るく、呑気に「若ェ隊長っつーのもたまにはいいよなァ」なんて。もはやおれが隊長になる未来を一足先に見ているような言い方だ。

正直なところ予想していなかったのかと問われれば是と答える。
こいつが言うように歳も若ければ昔からこの船に乗る古参というわけでもない。なんなら少し前にはこの船の船長に挑む輩だったのだから、おれが隊長になどとはまさに青天の霹靂そのものなのだ。
もちろんいつまでも下っ端に甘んじている気はなかった。もっと経験を積んでいずれは、と一瞬くらいは考えたこともあるかもしれない。
ただ、それは今ではないと思っていた。


「ま、隊長なんてモンはだれにでもなれるもんじゃねェからなァ。エースも前向きに考えてみろよ」
「つってもなァ…。適任はほかにもいんだろ?ティーチとか古参じゃねェか」
「それはそうなんだが、お前はほら、一団をまとめ上げてた実績もあるし、aaaの面倒だってよくみてるし充分適任だと思うがねェ」


おれにとっては突然の話ではあるが、どうやらその場の雰囲気にまかせ適当に言ってるわけではなく、それなりの根拠があってのことらしい。いまいちピンと来ていないおれに「なってみりゃそのうち板についてくるだろ」なんて無責任極まりないことを言って、そいつは倉庫を後にした。
この船には気のいいやつらはたくさんいるし、隊長に足る素質をもつやつらだっている。古株連中のことだって気にならないわけではない。それでももしおれが隊長になったとしたら。そうなったら今よりもできることが増えるだろうか。

会話の中で出てきたaaaの名前。
最近は食堂で飯を食うことも珍しい光景ではなくなってきたし、手足の色も悪くないように見える。相変わらず細いままではあるが、出された飯はゆっくりながらしっかり食べきっているし、食に関してはあまり心配はしていない。
思えば足取りもしっかりしてきた気がする。4ヶ月ほど前から比べればそれは一目瞭然だが、訓練開始時を思い返してもおれの後ろについて歩く際に振り返ることはずいぶん減った。心配事が減るのはいいことだ。あの嵐の夜、見つけたaaaは明日をもしれぬどころか次の瞬間も知れない命だったのだから。
それが、まさかここまで…と感慨深くなったりするものの、大前提としてaaa本人の努力が大きいところであることはもちろん、昼夜問わずそれを全面的にサポートしているナースたちの働きも大きい。
そういえばマルコはマルコでなにやら暗躍していたな。詳しいことはわからねェが、仕事の割り振りの件だけじゃなくコソコソとナースたちと話していたのを実は知っている。きっとマルコだからこそ動かせるなにかなのだろう。
一番隊隊長としての強さ、親父やみんなへの理解と人望、そして状況分析能力の高さおよび的確な指示。やつは適材適所を誰よりも理解している。

こうして考えるとマルコのポテンシャルの高さに感心してしまうのだが、先ほど振られたおれの隊長への昇格という案件は、つまり格だけでいえばマルコと同格ということになるわけだ。
……やっぱり時期尚早なのでは?
いや、でも選択肢が増えることもできることが増えることも、今のおれにとってはとても重要なことだ。一クルーでは進められない話は多分にある。それに何かごとあったとき、より素早く、より多くの連携だって望めるだろう。
そこまで考えるも、だからそういうのはマルコみてェな素質のある人間がやるべきで…と、話が振り出しへ。かつて船長をしていたことなどすっかり忘れたかのような思考である。忘れてないけど。

頭の中でぐるぐると考える…だけでなく時折口からもボソボソ声が漏れていたところ、ふいにエースと声をかけられた。


「フリージアか。倉庫にでも用か?」
「いいえ? あなたに用があって来たのよ」
「おれに?」
「えぇ。あれからちょっと忙しくて…お礼を言うのが遅くなってしまってごめんなさいね。aaaへのお土産をありがとう」
「あァ、あれのことか。いや、あれはおれが勝手にしたことだから気にすんな」


少し前に立ち寄った小さな島で買ったaaaへの土産。べつにaaaに頼まれたわけじゃない。何も望まず、船からも降りられないaaaになにかないかとおれが勝手に贈ったものだ。
しかし問題がひとつあった。おれは女に贈り物なんてしたことがないのである。つまり意気込んで土産を買うと決めたのはいいがその実、なにを送ればいいのか皆目見当もつかないのであった。そういうことから女の喜ぶものなんかまるでわからないのでしばらく悩むはめになったものの、隣のうるさい女の声を掻き分けようやく手にした紐。たぶん紐なんて名前じゃねェとは思うが名前なんか知らん。けれど名前なんかわからなくたってあの力が湧いてくるような温暖な色はきっとaaaに合うと思ったんだ。

そうして船へと戻り、医務室の隅で小さくなっていたaaaにそれを渡せば、それはもう正しく困惑していた。見えない瞳はおそらくきょろきょろしていたし、指先だって忙しなく動いていて。そんなaaaにおれもどうしたらいいんだと、渡すままのポーズから微動だにできない。まさか受け取ってすら貰えないなんて思ってもいなかった。
どうしたらいいかわからないといったふうのaaaとおれをよそに後ろでは突然、ガタタッと騒々しい音が響く。かと思えばいっせいに湧く「あのエースが贈り物ですって…!?」だとか「具合悪そうな兆しなんてあった!?」だとか「今すぐ診察準備を…!」だとか、たいへん失礼なことばかり言う声の数々。なんだ?おれが土産買ってきちゃ悪ィってのかよ。失敬なヤツらだな。おれのことなんだと思ってんだろうな。
口をへの字に曲げジトッと睨めつけてやれば、ささっと居住まいを直し咳払いをひとつ、ふたつ。わざとらしく視線を外す姿にわりと重いため息が落ちる。
買う時も試練だったがまさか渡す時も試練を受けることになるとは思わなかった。たしかに珍しいことをしている自覚はあるがあからさますぎるだろうが。aaaはaaaでいまだに受け取る気配もないし気まずすぎる。


「おい、早く受け取れって」
「…で、ですが私は…」
「私もたわしもねェ!お前が受け取らねェとこの空気から逃げられねェだろうが…!」
「…えっ、えっ」
「その両手でこの紙袋を掴むだけでいい!早く!」


気まずすぎる空気に耐えかねたおれは、困惑するaaaの眼前にこれでもかと土産の入った紙袋を掲げてみせる。
一度向き合った敵には背中を向けない、逃げないという持論はあるけれどこれはさすがに例外と思いたい。それにaaaは敵じゃないし。
そりゃあaaaは土産が欲しいなんて一言も言ってなかった。よくよく考えれば好みだってわからねェ。つまりこれはおれの身勝手そのものだ。頼まれちゃいねェが、今回の島には上陸できねェしもしかしたらいつか使うことになるかも、それくらいの気持ちで買ったもの。そんなに重く捉える必要なんてないのに、そう思うからなにをそんなに躊躇するのかがわからない。と、おれなんかは思うのだが、もしかしてaaaとしては欲しいのほの字も言っていないのに勝手にしたこの行動を迷惑がっているのだろうか。所謂ありがた迷惑というやつなのか? だから受け取ってもらえないのか?
なんだか冷静になってきた頭がようやくaaaの気持ちを考え始める。
べつに焦っているつもりはなかった。本当は押し付ける気だってない。ただ、この船の外にだっておもしろいもんはたくさんあるんだって、それだけで。


「これがお前の喜ぶもんかはわからねェ。けど、お前に似合うと思って買ってきた。おれがお前にあげたかっただけだ。今すぐにとは言わねェ。気が向いたら使ってくれ」
「……エース、さん…」
「おっ、久しぶりに呼んだなァ。じゃあおれはもう行くからよ、また明日昼飯で会おうぜ」
「……ま、す」


そうして紙袋はaaaの手に渡すのではなく、膝の上に置いて医務室を後にした。

思い返してみても最初から最後まで微妙な反応だったし、今だってやっぱりaaaの好みなんて分かりっこないから、あの土産を見てaaaがどう感じたかはおれは知る由もない。それをこんな、わざわざ改めて礼を言われても、と訪ねてくれたフリージアを見遣る。というかあの日の話をされると散々医務室でからかわれたことが思い起こされ腹のあたりがムズムズして仕方ない。
あの日のようにジトッと視線で訴えかければ察しのいいフリージアは「いやな話題が出たって顔ね」と、それこそあの日のことでも思い出しているのか、おかしそうに笑う。だからそれをやめろって。

いよいよいたたまれなくなって、もう行くからなと視線をそらせば焦ったように腕を引かれた。


「お礼くらいちゃんと聞いてよ」
「そもそも礼なんていらねェって言ってんだろ。おれが勝手にやったことなんだから」
「そうは言ってもね、あの子もずいぶん喜んでるんだから…」
「は?」


今フリージアはなんて言った?

ずいぶん喜んでるんだから…、喜んでるんだから…、喜んでる…、よろこんで…。


「あいつ喜んでたのか!?」
「えぇ。受け取った時だって小さな声だけれどちゃんとお礼だって言ってたでしょ?」
「いや、聞こえなかった」
「そうね、エースったら気まずそうにしてすぐ部屋を出ていったから」


そういえば部屋を出る直前にかすかになにか聞こえたような、聞こえなかったような。
仮にお礼を言ってくれていたとしたら、おれはそれを無視して部屋を出たことになるんじゃないか?
勇気を振り絞って伝えてくれたかもしれないのに、振り返ることすらせず部屋を出てしまったことが悔やまれる。
言い訳させてもらえるなら、あの時のおれにはいろいろと余裕がなかったのだ。変に盛り上がるナースたちの勢いに圧倒され、その時点ですでにムズムズと気まずかったのに、その後あからさまに静まり返ったこともさらに余裕を奪う要因となった。つまり最初から最後まで余裕なんてものはなかったのだ。なにせ誰かに贈り物なんてしたことなどなかったのだから。

しかし何度振り返ってもaaaの喜んだ姿は思い出せない。終始微妙そうな素振りだったし、視線は毛玉のような前髪に阻まれて見えなかったものの、確認できた口角は困惑を表したかの如く下がっていたはずだ。ついでに受け取れませんとでも言うように両手を前に出してもいた。
これらからしてもおれにはaaaが喜んでいるとは到底思えなかった。じゃなきゃおれがあの時必死になって受け取れと迫る理由がない。非常に情けない回想である。
とはいえ、だ。フリージアがこんなことで嘘をつく必要性だってないだろう。フリージアの場合、本当にaaaの反応が微妙だったのならそれとなく軌道修正のためのフォローをいれるだろうし。

ではおれとフリージアの間に生まれる齟齬は一体なんなんだ?


「今朝だって嬉しそうにしてたわよ」
「へぇ……分かりづれェから再現してみてくれ」
「さ、再現!? えぇと、このボールペンをエースからの贈り物だとするわね?」


そう言ってフリージアは自前のボールペンを両手の上に置き、無表情でじっとそれを眺め始めた。眺める、眺める、ひたすら眺める。
再現というくらいだからそのうちなにか変化があるのかもと、負けじとこちらもつぶさに見続けているというのに、どれだけ待ってもじっとボールペンを眺めるだけ。無表情でな。

……え、まさか本当にこれだけなのか? ただ無表情でずっとボールペン眺めるだけ?

再現性が低いのか、本当にこのままの通りなのかおれにはまったく判断がつかない。もしもこれがフリージア流のお茶目だというのならおれとコイツには少々ズレがある。


「……とまあこんな感じで…」
「いやわかんねェ。喜んでんのか、それ」
「えっ、こんなに喜んでるじゃない」
「そうは言ってもすげェ無表情だし眺めてるだけだしなァ」
「たしかにエースは直接見てるわけじゃないものね。でも雰囲気が違うのよ。それにしばらく前にもらったものを今もずっと両手で大事そうに抱えて眺めてるんだから、喜んでないはずがないじゃない」
「…ずっと?」
「ずっと!」


おれが何より嬉しかったのは、「あの子…そういう空気を出せるようになったのよ。今まではそれも含め、存在感をできる限り消すよう努力してたみたいだから」という言葉だった。
ゆっくりではあるけど着実に前に進んでる。本人の努力と、みんなの支えでゆっくりと少しずつ変わってきている。それが数値の話なんかじゃなくて、一緒にいるからこそわかる変化であることが嬉しい。ひとつひとつが、点と点が線となって繋がってゆく。

いつか、あの嵐の日に出会った時とは別人だなんて過去の話にできたなら。
そんな未来を夢に見て。


「ふふふ、あの子にプレゼントした時のエース、男前だったわよ」
「うるせェ、からかうな」
「いいじゃない。気持ちは本物なんだから。それはそうと…あなた隊長に推薦されてるの知ってる?」
「あァ、その話ならさっき聞いた」
「そう。ふふ、隊長に昇格したあかつきには宴を開いてみんなでお祝いしましょうね」


それじゃあ、と言ってフリージアはヒールを鳴らし背を向けた。

月が傾けば陽が昇る。雨が降ってもいずれ地は乾く。そして涙のあとには笑顔がある。
泣いて、悩んで、苦しんで。けれどその先に眩い笑顔があることを、今は心から信じている。

遥か遠くに訪れた夜明けが、こんなにも近い。


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