君だけが君を択ばない


「aaa…なんかお前太ったか?」

おれの言葉に静まりかえった医務室に疑問を感じるも、その数秒後、自分がとんでもない失言を口にしたことに気付く。
女に太ったという言葉は禁句なのだと、昔マキノから教えられたことがあった。たしかあのときはダダンに向かってデブだのババアだの暴言を吐いたはずだったが、偶然それを目撃したマキノが膝を折りこう言ったのだ。女の人はとくにそういう言葉を気にするから簡単に口にしてはだめ、と。そんなこと理解のりの字もないおれは、その言葉を右から左へと流していたのだが。
マキノの言っていたことは正しかったのかもしれない。隣合うナース同士がひそひそと口や耳を合わせこちらを見、aaaを見る。そしてまたひそひそと。肝心のaaaはというと、べつに普段と変わらない。相変わらず長い前髪に覆われた瞳は見えないが、口元は真横に引き結んだまま、少し俯いている。
これはどうするべきだろうか。頭を下げて謝れば許してもらえるか? しかしここのナースたちは恐ろしい。自分たちの管轄内にいるaaaが傷つけられたとあらば、どんなことになるか考えたくもない。いや、おれとしては傷つけるつもりはなく、ただそう思っただけというか。あんな骨と皮しかねェような手足にやっと少しだけ肉がついた。それはおれにとっちゃ喜ぶべきことであり決して貶す意図はない。本音を言えばもっと太ったっていいくらいだ。太るというか肉をつけるというか。

しかしどのように弁明すべきなのだろう。下手を踏むと火に油を注ぎかねない。
ただならぬ雰囲気の中、おれなりに思考を巡らせていると後ろから肩をガッと掴まれた。


「うおっびびった! フリージア、お前な…」
「さっきのは本当?嘘じゃない?」
「ほ、本当だ」
「やった…やったわよみんな!」
「……え?」


てっきり怒りの権化となって叱られまくると思っていたのにそれどころかフリージアの一言にみんなしてお祭り騒ぎだ。いったいどういうことなのか…あの日マキノがおれに話したことは嘘だったのだろうか。それともただのおれの妄想か? 過去に教えられた教訓と、目の前の光景に随分差があるのはなぜだ。
いったいどういうことだと、今度はおれがフリージアの肩に手をかけた。


「太ったって言われて喜ぶもんなのか」
「喜ぶわけないでしょ。でもaaaはべつ! 日々頑張って頑張って、ちょっとずつ食べる量を増やしてたのよ。栄養もどんどん取らないといけないし脂肪だってつけたいし、身体を動かすためのエネルギーを作るにはどうしても食べないといけないから」


それなのにエースは今日までなんにも気付かないんだから。
と言われこれまでを振り返ってみるが、やはりフリージアの言うように今日までその事実に気付くことはなかった。
実はあれから、こうして医務室に通っている。目的は言うまでもない。それは自分の意思でもあるしフリージアの頼みでもある。建前的には男手が必要なときもあるかもしれないということだが、本当はそんなことよりもaaaがひとりでも多く心を開く存在がいることと、あとはなんかフリージアの匙加減だ。
夜に様子を見に来ることもあれば昼間に来ることもある。最初はおれの顔を見るだけで土下座せんばかりだったが、今はそんなこともない。とはいえ、それもこちらの粘り強い説得の末という話だ。よほど刷り込まれているのかこいつもなかなか頑固で、ひとつひとつの改善が難しく時間もかかる。それは長い目で見るしかないのだが、ただただ前主には嫌悪感が募るばかりだ。
まあ土下座はしないもののぴしっと45度に腰を曲げて仰々しく頭を下げてくるけど。もちろんそれも止めろとは言っている。

ひとまず怒っていないようで安心した。他のナースたちもaaaの傍によって「よかったわね」、「aaaが頑張ったからよ」と声をかけている。aaaもまたそれに対して頷いているようだった。
まだまだおれからすればaaaの手足なんかごぼうのように細いわけだけど、出会った頃の枯れた枝ではなくなってきている。それはようやく気付くことができる程度の変化。それでもaaaにとっても、おれたちにとってもとても重要で大きな前進だ。少しずつであっても確実に前へ、そして良い方向へ進んでいる。
どうやら数値化して変化を見ることができるナースたちは、とうにその変化に気付いており、少しずつ好転していくaaaの体調に喜んでいたそうだが、こうして時々しか関わらない者からしても気付けるくらいの変化に至ったことがなによりの実感であり喜びだという。


「それでね、エースにお願いがあるんだけど」
「お願い? なんだ?」




◆◇◆



おいおい、本当に大丈夫なのか?
足音や笑い声ががやがやと溢れかえる食堂の前で思わず足を止めるおれの心内はあまり穏やかではない。誰かが大笑いする拍子に踏んだ足の振動でさえ、aaaを怖がらせる原因に繋がってしまうのでは、とあれもこれも気になってしまう。

フリージアの頼みというのがこれだった。aaaを連れて食堂でご飯を食べてほしいのだという。ご飯自体は前々からコックと打ち合わせをしてもう決まっているらしく、顔を出せばすぐにでも出してもらえるそうだ。
しかしなぜ食堂で、というと、医務室という閉鎖的な空間で過ごし続ける日々からの脱却と、そろそろ食べることが楽しいものであると知る段階に入りたいのだという。加え、みんなとの交流も。
近頃のaaaは笑顔も増え、会話もスムーズにできるようになったようだ。ただしそれはあくまでもナースたち相手の話であって、さすがにほかのクルーにはそうもいかないらしい。ナースたち相手でさえまだ自分から話しかけることはないようだ。
という状況をおれは知らなかったのだが、ナースたちなりにaaaと他のやつらを交流させたようだが、ある程度の受け答えはしてもやはり声も小さく俯いてばかりで交流とは呼べないものであったという。一対一で多くの者たちと何度も関わるよりも、まずは自分が話す必要なく雰囲気をつかむところから始めたほうがいいのではというのがナースたちの見解のようである。
フリージアたちがここへ付き添わないのは、自分たちが傍にいることで治療を想起させるのでは、と。束の間でも治療の一環であることを忘れてもらいたいという意図もあるそうだが、果たしておれで望む結果が得られるのかどうか。

おれだけの話ならばなにも気にする必要はない。普段から飯は食堂でしているし戸惑うこともない。ただaaaを連れているとなるとそうもいかなくなる。
せっかく事態が好転しているというのになにかヘマでもやらかしてみろ。万が一にでもaaaがあの部屋から出てこなくなったらどうする。たとえ後ろをついてくるだけだとしても、会話はなかったとしても、人前に出ることができるまでになった。誰の手も借りず、歩くことができるようになったのに、あの街以外でも傷つくことはあるのだと知ったらどうなるのか。
まさかこの船に面白おかしく人を傷つけるようなやつはいねェと思っちゃいるが、繊細な心の機微にまで気を配れるやつがどれほどいるのだろう。気はいいやつらだが、それとこれとは話が別である。
とはいえ、いつまでも食堂前で突っ立っているわけにもいかない。おれが二の足を踏んではきっとaaaにもそれが伝わってしまう。なにがあってもおれは、おれだけは堂々としていなければ。


「ちょっとうるせェけど飯はすげェうまいから楽しみにしてろよ」
「……はい」


振り返り、努めて笑顔で話しかければ控えめな返事が聞こえた。小さい声とは裏腹にしっかりと首を縦にも振っているしついてくる意思はあるようでひとまず安心である。よかった。
とはいえ、なにかあっても困るのであまり間を開けずついてくるようにだけ伝え、がやがやとうるさい食堂の中へ踏み込んだ。

…いや、本当にうるせェな。

真っ昼間の食堂でさすがに酒を煽るやつはほんどいないものの、その上でこのうるささ。大口開けて話しているせいか口から飯が溢れるバカもいるし、アホみたいに机を叩いて大笑いしてるやつもいる。普段なら気にならないところだが改めて観察してみるととんでもなくうるさい。
これはさり気なく早めに飯を平らげてさっさと退散したほうがいいかもしれない。フリージアは交流だのなんだの言っていたが、こんな状態では交流どころの話ではないだろう。そもそもナースたちは食堂で飯を食べることはめったになく、医務室で食事を済ませている。だからこの尋常でないうるささ、もとい盛り上がりを知らないに違いない。間違っても静かに食事を摂りたいやつが来るべき場所ではないことだけははっきりわかる。

このことは戻り次第フリージアに報告するとして、一にも二にも飯を食べないことには始まらないと、コックの元へ向かう。おれはいつものブートジョロキアのペペロンチーノを、そしてaaaの飯はたしか言えば伝わると言っていたのでそれを。するとそいつはすぐに察したのかあぁ、と一言零すとすぐにどこかへ消えていった。その際、aaaを見て、その次に俺を見て、なぜかグッと親指を立てたかと思うと爽やかにウィンクまで寄越してきた。思わずなんだよそれ、と疑問を呈したがどうやらその声は届かなかったらしい。
意味はわからないが、しばらくここで飯ができるのを待つことになりそうだとaaaに言おうとしたところでやたらにでかい「待たせたな」という声がそれを遮る。まったく待ってなどいないしうるせェぞと思うがそういえばこいつはいつもこんな感じだった。ただいつもよりも得意げなのはなぜなんだ。


「ほらaaa、今日は腕によりをかけて作ったからな。味わって食べてくれよ」
「…ありがとうございます。いつも皆々様のご好意に甘えてばかりで、恐縮です」
「いやー本当に恐縮です。で、おれのは?」


おれはもう慣れたものだが、aaaの丁寧すぎる口上ときっちりしたお辞儀に、味わってくれよ!と笑っていたコックが一瞬にしてポカンと口を半開きにし始めたものだから微妙すぎる軌道修正を試みる。
説得に説得を重ねた成果か、おれにはもうあまりこういうことは言わなくなったのに、外に出るとやっぱりこうなのか。いや、しっかり礼が言えるのはいい。それはとても大切なことだ。だが、家族…クルーにここまで過剰に気を遣う必要はない。もちろん家族であろうと感謝の気持ちを持つのは褒めるべきことだが、こう…他人行儀が過ぎる。こういうとこもいずれ少しずつ教えなければ。友人や家族への接し方を。あぁ、いや。そもそも心を開いてもらえるよう努力するのが先か。

軌道修正が功を奏したのかどうかよくわからないが、ハッと意識を取り戻したらしいコックはでんっとペペロンチーノをカウンターに置いた。
湯気が立ち上りオイルでつやつやとしているペペロンチーノは出来たてのようだ。しかしあまりにも提供時間が短すぎる。決して困ることはないけれど、いつもならばもう少し時間がかかっているはずなのに今日は瞬速だった。まさに行って帰ってくる程度の時間である。大道芸や舞台の早替えでもあるまいしどういうことなんだ。
普段とは少し違う正午、なぜなんだが妙に多い気がするのはやはり普段とは何かがどこか違うからなのだろうか。

疑問を払拭できず二人分のトレーを持ったままぼけっとコックの顔を眺めていると、視線が合ったコックに犬を追い払うかの如く片手で早く行けと促される。ご丁寧に飯が冷めちまうぞという忠告付きで。

aaaがいる手前、いつまでもそこで固まっているわけにもいかずどこで食べようかとあたりを見回す。チラッと"私が持ちますから"とでも言いたげなaaaが見えたが知らないふりを決め込んだ。無視は傷つけてしまうからあくまで知らないふりだ。
こんなもの誰が持って運んだって関係ない。おれでもaaaでもどちらでもいい。けれどaaaには誰かに頼ること、任せることを覚えてもらわなければ。なんでもかんでも自分がやろうとする必要はない、と。

その意図をaaaが汲むかどうかはさておき、見回して窓際のテーブルで食べることにした。比較的密集密度も高くなく、陽も当たるので明るく窓から外が見えて開放感もある。間違ってもあの爆音中心地に行ってはならない。
さて、とトレーをテーブルに置き椅子に腰掛ける。いろいろ懸念していたことはあったが、今のところたいした問題もなく終わりそうだ。怯えてしまうかと思ったこの騒音でもaaaはちゃんとついてきたしフリージアにはいい報告もできそうで胸をなでおろす。あとはさっさと飯を食べてここから立ち去れば、ひとまずおれの任務は完了だろう。

しかし世の中なにもかもがそんなに上手く回れば苦労などという言葉は存在しない。そして上手くいったと気を緩めた時こそ問題ごとが降って湧くのもよくある話だ。


「aaa? なにしてんだよ」
「…机での食事など私のような者には過ぎた待遇でございます」


そう言うとaaaはおれの隣に置いたaaaのトレーを持ち、あろうことか床に置いてその前に座したのだ。目の前にはテーブルも椅子もあるのに…!
しかも用意された飯に手を付けようとしない。手を付けないというよりはおれが食べるのを待っている気がする。まさかとは思うが、おれが食べはじめなければaaaは食べないつもりだろうか。それとも食べろと指示を出さなければ食べられないのか?

おいおいおい。
なにもかもスムーズにことが進むとは思ってはいなかったがこれはさすがに想定外だ。フリージアからこんな話聞いたこともないし、aaaの過去を省みたとしてもここまで自分を卑下するとは思わなかった。あまりにも自己肯定感が低すぎる。本当に、aaaはいったい自分をなんだと思っているのだろう。そしておれをどんなふうに見ているのか。王様かなにかか? それとも主とでも認識しているのか?
おれだってaaaが望んでそうしているとは思っていない。徹頭徹尾、平身低頭で俯いてばかりいることが楽しいと心から思っているはずもない。そうしなければ生きていけない状況に長らく身をおいていた結果であることもわかってる。わかってはいるけどやるせない気持ちが胸に巣食ってしまうのだ。

だが今やるべきことは己の中の靄を晴らすことでも自問自答することでもない。唐突に問題提起された出来事にどう対応すべきなのか考えなければ。
見ろ、今だってこの状況に疑問をもったやつらがこっちを盗み見ては隣のやつとなにか話してる。話しかけようと様子を窺うやつだっている。おれだけは、なにがあっても堂々としていなければならない。


「…エース様? なにを…」
「なにって、お前と一緒に飯を食うんだよ。あと様はやめろっつっただろ」


腰を上げ椅子をしまい、手に取ったトレーを床に置いた。
正座するaaaの横に胡座をかいたおれをaaaだけでなく周りのやつらみんなが目を丸くし凝視する。

aaaの閉じた心を開かせることも、凝り固まった価値観を急激に変えることも、おれには極めて難問だ。フリージアはおれならaaaを正しい場所へ導けると言ってくれたが、そんなことがおれにできるかはおれ自身わからない。
けれど、今この状況でやらなければならないことははっきりしていて、それはaaaに飯を食べることの楽しさを教えること。そしておれがaaaとなにも変わらない同じ目線にいる同じ人間であると知ってもらうことだ。椅子と床なんて別々の場所に座って、それを教えられるわけがない。おれはただaaaと飯を食べに来ただけなんだ。


「エ、エース、さ、ま…」
「…呼び捨てが難しいなら、さんでいい。今は。だから様はやめろ」
「……承知いたしました」


そんなことより早く飯食おうぜ、そう言えばaaaはゆっくりと深く頭を上下に動かした。それでもおれより先に食おうとはしなくて。仰々しい言葉遣いも自分の尊厳を軽んじてしまうところもまだ治りそうもないけれど、少しずつたしかに前進する小さな歩幅に目を瞑ることとする。一度にあれもこれもというのはこちらのエゴであり欲張りだという自覚はある。そしてそれを押し付けることは残酷であることも、わかっている。

今日のところは一緒に飯を食べることができるだけでいいと、やっとふたりして料理に手を付けたのだった。
しかしまあそれはこちら側の事情であって、この船のクルー全員がaaaとそのいきさつを知っているわけではない。甲板で宴をしているときならまだしも、なんてことのない昼の食堂で突然床に座り飯を食べ始めたとなれば気にならないわけがないのだ。直接声をかけることはなくともあからさまな好奇の視線が突き刺さる。一言で片付けるなら鬱陶しい。
こんな目で見られることにaaaが耐えられなくなってしまう前にどこかで説明でもしたほうがいいのだろうか。けれど洗いざらいすべてを話すことが正解とも限らない。隣で静かに飯を食べるaaaは気にしているのかいないのか、一見すればその様子は普段と変わらないようにも見える。ただいつもよりもさらに俯いているであろうことを除いて。

どうすることが正解なのかわからない中、それでも思案していると、騒がしい中に聞き覚えのある声がふたつ聞こえた。
ひとつはこの騒ぎにも負けない、でかくてテンションが高めの声。もう一つは気だるげでやれやれといった声だ。

それが人の波をかき分けて近づいてくる。


「いつもよりうるせェと思ったらお前らかよい」
「そりゃあこんないい席に座ってたらなぁ」
「うるせェな。冷やかしなら向こう行けよ」
「冷やかし? 馬鹿言うなよ。一緒に飯食おうぜっていうおれからのお誘いだろ」
「誘いにしちゃ回りくどくてわかりづれェな。そんなんじゃモテねェぞ、サッチ」


もちろんこのふたりはaaaのこともいきさつも知っているので、現状を知ってもたいしたリアクションはない。なんなら冗談を交えてくるくらいだ。それがウケるかどうかは別として、しかし鬱陶しい喧騒があちこちで広がっている今となってはそれもありがたかった。
aaaも幾度かの顔合わせを経てしっかりこいつらの顔を覚えたのか、やはり礼儀正しい挨拶をしていた。具体的には持っていた皿や箸を置き、指先をきれいに揃えるとそれに乗せるように深々と頭をさげる。その様相にすぐ口を挟みたくなるおれと違って、サッチもマルコも特別気にする様子はなく、片手をあげるなどして軽く受けていた。これが余裕というものなのだろうか。焦れてばかりいるおれにはできない対応である。冗談を言ったり、すべてをわかった上で軽く受け流せるくらいの度量があったり、こんな風体ではあるものの流石と言わざるを得ない。一緒に飯を食おうと提案してくれたのも何かしら考えがあってのことだろう。
しかしどうしたものか。aaaは恐らく床から動こうとはしないだろう。かと言ってaaaを残しおれたち三人だけがテーブルで食べるなんてしたくはない。それならマルコたちに一緒に床で食べてくれと言うか? いや、それはそれでどうなんだ。こんな二人でも一応隊長格だぞ。おれはともかくさすがにそんなこと頼めるわけがない。

マルコたちにとってもaaaにとってもなにが最善であるのか、速やかに正解を導かねばならないのにこれといった答えは出ず、どれも妥協案だ。
食べかけのパスタもそのままにうんうんと頭を抱えていると、サッチとマルコがおもむろにテーブルを動かし始める。なにやってんだとおれだけでなく周りの連中もその動向を見守っていると、涼しい顔をした二人がそれぞれの昼飯を持って、テーブルを動かした際に生まれたスペースへ腰を下ろした。ちょうどおれとaaaの正面に当たるところだ。
トレーを床に置き、同じように床に腰を下ろした二人の表情からは惑いも後悔も感じない。テーブルが邪魔だったから動かしただけ、そんな雰囲気すら纏っている。
でもそれは言いたくても言い出せずにいたおれの気持ちを汲んでくれてのことだということも、aaaのことを思ってだということも充分過ぎるほど伝わってきて。それと、あからさまにざわつく周りへのちょっとした牽制だということも。
当然のことをしているだけだと物語る堂々とした立ち居振る舞いに感謝しつつ、事の展開に珍しくわかりやすく狼狽するaaaが気になる。二人の行動に狼狽える部分があるということは、自身の行動についてなにかしら思うところでもあるのだろうか。


「マ、マルコ様…、サッチ様……。あの、私のことでしたらどうかお気になさらず…」


これで…はっきりしたことがある。
aaaの中の認識として、床で食べることが普通とは思ってはいないが、自分はその輪の中からは外れた存在であると、こう思っているらしい。
aaaには悪いが、嫌悪感しかない。しかし言ってしまえば前主の趣味丸出しの所作の教育は正しく植え付けられているようだ。まあ嫌悪感しかないけれど。


「あ、あ、あの…皆様にご迷惑お掛けするわけには参りません、ので…私はこのあたりで…」
「おれはみんなで笑って美味いって言い合う飯が好きなんだよい。でもそれは同じ目線でなきゃできねェと思ってる。笑い合うのに場所なんて関係ねェだろい?」


aaaの言葉を遮って紡がれたマルコの言葉は、あれだけうるさかった食堂を一瞬で音のない空間へと変えた。決して大きくなかったはずの声がこんなにも隅々まで響くのは、そのままここにいたみんなの心に響いたからだと思う。おれだってそうだ。うまく伝えられなくて、焦ってばかりだからもしかしたらaaaを苦しめるところもあったかもしれない。マルコはそんな伝えきれなかった気持ちを下から優しく、そしてたしかな言葉で押し上げてくれた。
すると凪いでいた空間にどっと一気に歓声にも似た声が波のようにあがっていく。そしてひとり、またひとりと床へ腰をおろし声高らかに笑い合うのだ。

今すぐじゃなくても、いつかaaaともこんなふうに笑い合えたらいいな。
その言葉には泣きそうな震えた「はい」という音吐が返ってきた。



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