4万ヒット企画 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


頭がぼお、とやわらかく脈打つ。まぶたの裏は曇り、なにかを考えようとすると思考が不完全なまますり抜ける。感覚がゆっくりと降りていくにつれ、喉の塞ぎ、指の軋み、筋肉の強張り、つま先の熱と、身体の信号がひとつずつ伝わってきた。ひとつごとに増す不快感に、今日は休みだとひとりごちる。枕元で仄かに起動音がした。



チャカ様ケータイ




「風邪だな」

さらりと黒髪を揺らしたホログラムはひとつため息をついて言った。やや透明がかった身体はがっしりと大きく、しかし触れようとしてもすり抜ける仕様だ。契約時に握手しようとして盛大にスカったのはいい加減わすれたい。

彼はチャカ。
最新型から少し型落ちのした、口うるさいAIである。

昔は電話機を小型化してネット機能をくっつけたりどうちゃらこうちゃらしていたらしいが、通信機能や情報網、それを支える技術が発展した今はどうにかこうにかして電話機ありきのサービスを改良し、端末なしで人工知能がうんたらかんたらしてくれるようになったらしい。

…熱で思考が散漫である。

「なんでAIは作れて万病に対する抗体とか開発しない訳…」
「はいはい」
「…はー………………。
部長に休むって伝えといて…」
「送信済みだ。まったくあれほど普段から自己管理をしっかりしておけと…ああほら布団をかけて横になっていなさい」

お母さんのような小言に素直に従い、毛布を引き寄せた。

口うるさいとは言うものの、こうしてなにかと生活のサポートをしてくれる。

「…めっちゃ頭いたい…」

めっちゃ呆れた顔された…

「これに懲りたらいい加減な生活スタイルを見直せ」
「…病人に説教しないで〜…死体蹴り反対だよ〜…」
「まったく…」

なにも悲しくなんかないのに涙が出てくる。熱のせいかな…熱のせいだな…

「…チャカわんわん〜…」
「…泣くな。…寝ていろ」
「んん…」

厚い掌が涙ごと瞼を覆い、私はやっと黙った。


ーーーーーーーーーー


ようやく閉じた瞼をなぞる。気を使わせまいとしているのか軽口は叩いていたが、いつもの喧しさを思えば随分と弱々しかった。

立派な社会人だが少々落ち着きに欠けるnameの、飛んで跳ねる身体は今小さく丸まり震えている。顔が赤く、既に熱はあるのだろうが、寒がっている様子からこの後もっと上がるのだろう。確か冷蔵庫にはなにも入っていない。冷やすものや飲み物も。

こいつは馬鹿だろうか。

「…」

コップに水も汲めない。新しい毛布をかけてやれない。瞼をなぞる指は透け、涙を拭うことすらできない。
ホログラムの身は、触れれば通り抜ける実体のないものだ。だからあれほど口すっぱく体調管理には気をつけろと、………。

「……」

空間に青白いウィンドウが展開される。きっと目が覚めたら文句が飛んでくるのだろう。承知の上でブラウザを開いた。

ーーーーーーーーーー

明るい暗闇の中でふわふわと浮かぶ。柔らかい金縛りに会いながら、さっきよりも熱い身体を自覚していた。耳の奥は血流の音がして、悪寒の走る背中はパジャマの布ずれさえ不快で。首や胸元は汗で冷え、タオル欲しいなあと思うともなしに思っていた。

風邪の時はどうにも人恋しくなっていけない。スポーツドリンクとか、ゼリーとか、薬とか、買っておけばよかったなあ。何もない家に一人で寝てるの、やだなあ。



ぴんぽーん



「俊足便でーす」
「開いています」
「どうも失礼します。タッチパネルにサインお願いします」
「はい」



なんか聞こえる。



「はい、毎度ありがとうございます」
「お疲れ様です」
「またお願いしまーす」



………………………。



………………………………???!!!


「…チャカぁ…?!」
「何だ起きていたのか。動けるならこれを腹に入れておけ」
「ちょっと俊足便とか聞こえたんだけど」

あれめっちゃ高いやつ…!!


「スーパーで買いだめしておいた方が安上がりだったろうに、残念だったな」
「んやっ……そうじゃ………うう………」

このスケスケデカワンコやりやがった…アマンゾゾさんいつもありがとうございます…くっそ…欲しいもの全部入ってる…

「マジありがとうチャカ…クレカ決済の時覚えてろよ…」
「感謝するのか食べるのか罵るのか一つにしろ」

10秒チャージして薬を飲む。水分は本当に偉大だ。砂漠のようだった喉がぐんぐん潤っていく。ドバッと汗が出たが、さっきとは違いどうにか這って歩けるので処理できる。顔を洗い、濡らしたタオルで身体を拭き、毛布と着ていたものを取り替えてベッドに転がると、さっきの数倍マシな就寝環境だった。

「はーやっと真人間になった」
「これに懲りたら…」
「んんーさっきも聞いたよー」

毛布にまるまって目を閉じる。お説教を引っ込めてくれたチャカがまたひとつ溜め息をついて、ゆっくり休め、と言った。ちょっと安心したのは…まあ…言わなくてもいいかな。