ロイド視点



まずぽつりと鼻に水滴が落ち、頭上を見上げると空は鈍色の雲に覆われていた。思えばあのとき仕事を切り上げればこの城は見つからなかっただろう。


折角きめた髪の毛は雨でぺしゃんこになっていた。(誰も見てくれる人なんていないし、どうせ汗で元に戻るんだけども)雨脚から隠れるのに丁度いい小屋を探していると、森の奥に見つけた白い煉瓦のお城。随分と古い建物だと思った、次に誰が住んでいるのか気になった。
門が破壊されていて正面の扉には鍵がかかっていなかった。堂々と入るわけもいかず裏から入ろうとしたのだが、それこそ不法侵入みたいで。暫く開けていなかったのか扉は酷く重たかった。



城に入った途端、真っ先に感じたのは、なにもない虚空な世界。この空間だけ時間が止まっているような気がした。アンティークな雰囲気がそのまま残されている城内はやけに静かで、人が住んでいるようには見えなかった。(少なくとも俺の家はこんな豪華な建物じゃないけど生活感ってものがある)為す総べなく赤いカーペットの上で立ち尽くしていると、上から埃が降ってきて驚いた。物が動かないと埃というものは動かないことを教えてもらったばかりなのだ。見上げると、そこには赤い髪をした”人”がこちらを見ていた。

気品があるその顔立ちと空気を多く含んだ血のような姿に、俺は暫く釘付けになっていたと思う。すると勝手に君の城に入ったことが恥ずかしくなり、口が勝手に言い訳をつらつらと並べて動く。はっと我に返ったとき君はこちらを見てはいなかった。すこしの遺憾、それと同時に訪れた罪悪感。俺はそのとき君に恋をしたんだと思う。
それでも君はただ困ったように眉間にしわを寄せて、身に纏っているベージュの布をぎゅっと握りしめているだけだった。そのとき気がついたんだ。もしかしたら君は喋りたくても喋れないんじゃないかって。だからこんな薄暗い屋敷に独り住んでいるんじゃないかって。だとしたらなんてかわいそうなんだろうって。守ってやりたいなって思った。(こんな率直な意見聞き入れてくれないだろうけど)

「それで?」

声を発した君の表情は、正直俺より驚いていたと思う。
同時に壊された俺の君への理想像は脆く崩れ去ったんだけど、どこか安心した。君と会話ができるって知ったから。それでも冷たすぎる君の言葉にちょっとだけ困った。

「俺、ロイドっていうんだ。君の名前を教えてほしい」

なるべく怪しまれないように唱えた。でも雨宿りで訪れた来客に名前を教える人なんているんだろうか。俺だったら気味悪がって絶対、しない。それでも気になることになると制御がきかないのはいつもの悪い癖なのだ。

「なま、え」
「名前もないのか?なぁそっちいっていい?」

俺が階段の一段目に足をかけると、君はびくりと肩を揺らし一段登るのだ。俺がまた一段登れば、君はこちらを見たまま後ずさり、二三歩進めば布に足をとられその場に座り込んでしまった。俺は考えた挙句、そのまま階段を登りはじめた。カンカンと階段が音を立てるとびくびくしながら君は後ろへ逃げようとする。手の届くところまでたどり着いた時君は既に俺の姿を捉えてはいなかった。焦点を留めない君の瞳を見て自分の行動に後悔した。













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