クレチェスはマンション暮らし高校生。クレスは一階、チェスターは5階住みの遠距離恋愛
女性陣が報われなさすぎです。すみません。続きます。





「おはよう、チェスター」

僕は扉に向かって声をかけた。これは調練練習。ここ最近の僕は言葉の途中で噛んでしまったり、言いだすのに時間がかかったりと、踏んだり蹴ったりな結果だらけだったためで。せめて挨拶くらいはきちんとしないと、僕の彼への気持ちがばれてしまう。彼とは(自称)米粒くらいだった時からの仲で、僕のちょっとした気の緩みも彼は見逃さず心配してくれる。そんな彼のことだ、僕の積に積もったこの気持ちなんて造作もなく当ててしまう。17年目にして弾けそうな己の欲望とは恐ろしいもので、自制が効かないうえ消滅などしてくれるわけもなく、こうやって意識したりするからギクシャクするのに頭ではわかっててもどうしても駄目なのだ。それもここ最近のことで、チェスターに恋人ができてからだった。我ながらこんなことで動揺するのが情けない。いや、これは一大事で、僕の恋が儚く散る一歩手前だと言うのに、こんな郵貯にしていられるわけでもなく。
…そういえばチェスターが遅い。いつもなら「ごめん髪がまとまらなくて」とか言いながら息を切らせてこの扉を開けるというのに、かれこれ10分オーバーである。今日もそうなら「待ってないから大丈夫」なんて嘘でもなんでもつけるんだと思う。そもそも僕はそんなことで怒ったりしない、やっぱりチェスター以外の子だったら怒るかな。というか彼の家の前でこんなに立往生していると今度は僕が怪しまれる羽目になるな、なんて考えながらもう少し待っていたいなという正直な気持ち。ちょっとインターホンでも押してみようか、なんだか急かしているような気がして申し訳ないが、チェスターが遅刻でもしたら大変だ。たしか皆勤だったはずだ(勿論僕もね)。ピンポーン。反応なし。ピンポーン、ピンポーン、普段ならここでうるせえって怒鳴られるんだけどなぁ、怒鳴られたかったかもなんて考えたり、でもまぁ寝てたら起こしてあげなきゃ。というわけで、チェスター、お邪魔します。

「チェスター?まだ寝てるの?」

物が少ない1kの部屋は、返事どころか人の気配もなかった。チェスターが僕より先に起きて支度して部屋を出て行ったとでもいうのだろうか。そうだったら明日は珍しすぎて雨かもしれない。そして何より置いて行かれたことに衝撃を隠せなかったり、まだまだ子供だなと自嘲した。
気を逸らすようにふと視線をずらすと、テーブルの上に見慣れないものがあってぎょっとする。かわいらしいピンクのボンボン、そのとき悟ってしまった。あれは彼の所有物じゃないと、僕以外の人が彼の部屋に立ち入ったのだと。僕は何を期待していたんだろう。彼が一生独り身だなんて保障無かったのにな。僕には彼を繋ぎとめておく力も勇気もなにもない。どうにでもなれと、2番目に目に入ったピンクのシャープペンを手に握りしめ勢いよくチェスターの部屋から飛び出る。そのまま彼の家の戸締りも確認しないで学校へ走り出す。閉門まであと12分34秒。






HR中に勢いよく教室の扉を開け、息を切らしたクレスを見たときには正直申し訳ないと思った。
俺は焦っていた。いや、狼狽していると言ったところだろうか。ともかく俺は今までみたいなことを平然とこなせなくなっていたし、平常心を保つのにも自信がなかった。だから昨夜はいつもより1時間早い時間に鳴るよう目覚まし時計をセットして、起きたら布団の中でぐだぐだしないで、髪のセットもほどほどにして部屋を飛び出してきてしまった。しかも鍵をかけ忘れて(いやもしもクレスが来てくれて留守を確認するために開いてた方がいいかなとかいやでも泥棒とかどうしようやっぱり鍵かけにいこうか)、学校についてから自己嫌悪のオンパレードでもう何が何だか。そして朝の真っ青なクレスの顔。あれに追い打ちをかけられ、自分はなんてことをしてしまったんだろうと、もう1週間くらい彼に尽くしても罰は当たらないだろうとも考えた(それはなんだか嫁みたいで恥ずかしいから却下)。ああ早くお昼になればいい、そしたらちゃんと面と向かって謝るのに。説教をくらっているクレスを見ていたはずなのに、気付いたら教科書で顔を隠していた。



「チェスターは今朝なにか用事があったのか?」
「え?」

手に持っていた一口サイズのパンがぽろりと地面に転がって行った。ここで黄色いイモリが地面の穴からやってきて、俺のパンを持っていって欲しかった。そうしたら話題の切り替えができたかもしれないのに。
俺の表情を見たクレスも俺と同じように気まずい顔をした。あ、と口を開けたままだから口の仲が丸見えだ、食べ終わってから話せよ。

「いや、ごめん。プライベートに関わる問題だったかな、忘れて」

急にしおらしくなったクレスをどう対処したらいいのかわからない俺は、それはもうみっともなかったと思う。そうだ謝らないと、朝はなんかあったことにしよう。

「あーアーチェのところに忘れ物届けに行ってた」

うわあ絶対通じねえって、というか学校出会えるのにわざわざだよなあ、すぐ嘘だってばれるこれは。ほら、瞼を押し広げて驚いてるみたいだし。

「そっか」

え?問いたださないのか?(されたら困るけど)
まあ他人の惚気話を好んで聞きたがる人もいないだろうけど。ちょっと寂しくなっただなんて、とても言えない。

「でも僕に一言声掛けてほしかったなあ、家出るついででいいから」

ここで準備していた言葉をやっと言えた。
ごめん、次から気をつける。
でも置いていったのは俺なのに、この虚しさはなんだろう。
ああ、どうして俺の通り道には、必ず彼がいるのだろう。






「それってあたしは避難所かっつーの」

自称俺の彼女はおしゃべりだからこういうことはあまり言いたくなかったが、今日は出血大量閉店セールだ。そしたらやっぱり嫌味が飛んできた。でも学校でズタズタになった俺には、それに構う力も残ってない。

「ちげーよ、お前のせいでクレスに飽きられたんだって」
「ちがくないじゃん!最初に飽きられるようなことしたのはアンタでしょ!」

確かに、そう言われたら俺はお仕舞いだ。ぐっと言葉を濁らせることしかできない。するととてつもなく大きな溜息。

「アンタ、好きな人の口から自分以外の人の名前出るのどんだけ嫌か知ってる?」
「は?」
「だーかーらー」
「いや違う、まて、それはわかった。けどあいつの好きな人が、お、おお」
「あたしは無視か。まあいいけど、そう、あんた」

そんなの夢のまた夢で、クレスが俺に想われてるだけで申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、クレスが俺を好きだなんて。多分それは前世とか違う俺達なんだろう。他人の目から見た事実を素直に信じることもできない。

「…馬鹿にすんな」
「なによー!折角私がアドバ…」

俺はとことん捻くれ者だと思う。

「チェスター、あんた、そんなに…」
「っ―――悪いかよ…」
「…別に」

アーチェの顔色が険しくなった。それもそうかもしれない、彼女が言う、「好きな人の口から他人の名前がでる」とはどれくらい辛いのか自分にはわからないが、相当なのかもしれない。今の今までクレスの話ばかりしていた自覚があり、急に申し訳なくなってきた。

「まあ、2番でもいいからって言ったの私だし、別にいいけどさ」

アタシは応援してるよ?だって好きな人の好きな人ってなんだかロマンチックじゃない?

そう、アーチェは強い。俺よりずっとだ。だから俺はアーチェのように振る舞うことができないでいる。彼女の様になれば、理想だけの世界でしか生きられない今を変えることができるのかもしれないな。







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