黄瀬家の愛犬



我が輩は犬である。なんて洒落た書き出しをすれば、多少は犬と言う存在も立派な物に見えるだろうか。そんな僕は、生まれて十年以上は経つ老犬である。

僕にはとても誇らしいご主人様たちがいる。家で一番偉いお父さんは勿論、いつもお世話をしてくれるお母さん、おやつやご飯をくれるお姉さん、そして、散歩や遊びに連れてってくれる涼太がいる。僕がこの家と来たと同時に生まれたらしく、僕と同い年だ。僕も若い頃はよく涼太と遊んだけど、最近は身体を動かすのも辛くなってきた。

だから、最近は学校や仕事から帰ってきた涼太の話を聞くことが多い。なんでも涼太は、『モデル』と言う仕事と『バスケ』と言う部活の両立で、愚痴を零す暇も無いくらい忙しいみたいだ。中学2年になって始めたバスケは、なんでも出来てしまう涼太にとって、初めての越えられない壁のあるスパイスとなったようだ。バスケについての文句が多いけど、それでも楽しそうに涼太が話してくれるから、僕はバスケの話が好きだった。
 
午後8時を回り、涼太がやっと帰ってきた。家族よりも一番にお出迎えするのは僕で、出迎えた僕を涼太は嬉しそうに抱き締める。「おかえり〜」なんて、僕の顔に自分の顔をすり寄せるからくすぐったい。

「そうそう、今日も青峰っちと勝負するはめになったんだよ!もー負けた方がジュース奢るとか言い出して…」

急に顔を話すと、苦虫を踏み潰したような顔で涼太が今日の出来事を語り出した。表情から察するに、余り良い結果では無かったのだろう。バスケの話になると大体は『青峰っち』か『黒子っち』と言う名が出てくる。仲が良いんだろうな、涼太と。僕も一度見てみたいな。

「それに、昨日のモデルの仕事の時も撮影場所がファンの子にバレちゃったらしくてさあ、大変で大変で…」

以前の涼太は、モデルの仕事もつまらないと言っていたことがある。モデル以前に、毎日がつまらないって寂しそうに僕へ話していたことがある。それが急変したのは、バスケ部に入部した頃だろう。毎日零していた日常の愚痴も、いつの間にか日々の起こった楽しい出来事に変わっていた。涼太が充実した毎日を送ってくれているのなら、飼い犬の僕としても満足だ。

ただ、僕と遊んだり話してくれたりする時間が減って寂しい気持ちもあるけど、それは仕方がないことだと自分でも判っている。

「でもさ、毎日楽しくて仕方ないよ」

嬉しそうに僕の頭を撫でる涼太。僕も頭を撫でられて嬉しい。大きく尻尾を振っていると、「そっか、お前も嬉しいんだな〜」と更に撫でてくれた。涼太が嬉しそうにすると、僕まで嬉しくなってくる。涼太が悲しそうにすると、僕まで悲しくなってくる。だから、毎日幸せそうに過ごす涼太を見て、僕は毎日幸せだ。

残り少ない命だけど、最後の最後まで涼太の笑顔を見ていたいと思うんだ。

「あー、早く明日になんないかなー」

家に上がり、姿の見えなくなった涼太の声が聞こえた。僕も、明日が待ち遠しい。明日を歩むことで、段々と身体が弱っていくのも判るけど、それよりも涼太が毎日楽しそうに出来事を僕に話してくれるから、明日が待ち遠しいんだ。明日はどんな話をしてくれるのかな、明日は誰が話に出て来るのかな。

さあ、もう少しでやってくる明日の為に、そろそろ寝ようとしよう。涼太、みんな、おやすみなさい。




 



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