06 あの時
夢を見た。
数年前の事なのに、ずいぶんと昔の事を思い返しているようだ。
それでも彼が走る姿は、今とちっとも変っていなかった。
その姿を見たのは偶然だった。
地元の中学校へ進学しなかった彼女には一切の縁のない場所。
学校帰りにその横を通ったのはただの気まぐれで、2年前までの級友が通う校舎をぼうっと眺めながら、家へと歩を進めた。
「ナイス椿っ!」
グラウンドから聞こえた懐かしい名前に心臓がドキリと跳ねた。
勢いよくそちらに視線を送る。
木々で遮られ中が上手く見えない事に舌打ちし、スカートを翻しながら走った。
彼の姿をとらえたのはゴール前だった。
サイドラインからのスローイン。
彼らのビブスの色を見れば、椿君のチームは今攻められていて。
先ほどの称賛の声はディフェンスに対しての言葉だったのか。
相手のチームはディフェンスのラインも上げて猛攻を仕掛けている。
それでも、一瞬のパスミスを逃さなかった。
カウンター!
「椿いけっ!!」
前線へとボールが蹴られる。
そのコースは厳しい。 サイドライン割る。
そう思うのに彼は無人のサイドを駆けていく。
ボールの落下点へと一直線に。
鞄を持つ手に力が籠る。
もう少し、もう少し!
――――届いた!
無人のスペースからゴールへと切り込んでいく。
上がっていたDFは慌ててゴール前に立ちふさがる。
頑張れ! 決めろ!
その思いが通じたなんて思わないけれど、椿君は彼らを鮮やかにフェイントでかわす。
周りから音が消える。 でも、心臓の音はドクドクと速く煩くなる。
ゴール前キーパーと1対1。
彼の蹴ったボールは―――――
ぼんやりと明るくなる視界に夢の続きが映るわけもなく、見慣れた白い天井が映っている。
「なんで今さらこんな夢…」
夢の中のようにドクドクと脈打つ心臓に、脳内から言い聞かせる。
特別な感情なんて、ない。
ふーっと息を吐き、けだるい身体を起こす。
「…あの時のシュート、どうなったんだっけ…」
ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも届かずに消えた。
誰かに届いたとして、その答えを知っている人はいるのだろうか。
・・・いるわけないと自嘲した。
−−−−−−−−−−−−−−−−
夢を見た。
憧れの彼女がボールを蹴っている夢。
今でも脳内に鮮明に焼きついているあの姿を、もう見る事は出来ないのか。
サッカーをプレーする事がなくても、あの時のように生き生きとした彼女を、未来へ向かう彼女をもう一度見たい。
その姿を見たのは偶然じゃない。
その日確かに見たんだ。 視界の端に捉えたんだ。
中学のグラウンドを覗き込む彼女の姿を。
きちんと視線を向けた時にはその姿は消えていたけれど、違う学校の制服に食い入るようにグラウンドを見ていた姿は絶対に彼女だと思わせるものがあった。
だから、彼女に会いたくなってちょっと遠回りして帰宅した。
いつもの帰宅ルートから外れ彼女の家の近くを通る道へ入ると、それだけの事なのに少し身体が強張った。
やっぱり引き返そうかと脚が止まった時、ずっと先から走ってくる人が見えた。
段々とその走りは緩やかになり止まる。 膝に手をつき、荒い呼吸を整える。
その人はリカちゃんだった。
彼女がぐっと力を込めて身体を起こすと、家へとはいっていく。
なんで声をかけなかったのだと後悔もしたけれど、声をかけてどうするのかという気持ちもあった。
帰ろう。
そう思って踵を返すと、今度はボールを持って彼女が家から出てきた。
息は整いきっていないのか肩を少し大きく上下させながらゆっくり歩く彼女。
返した踵は結局もう一度返された。
たどり着いた先は河川敷。
身体全体でリフティング。
ボールタッチは繊細で、身体にボールがすり寄ってくるようだった。
生き生きと楽しそうにボールを操る彼女から目が離せなかった。
なぜか心臓を握られたように胸が痛くなった。
心臓の強張りを解そうと詰まった息をふーっと吐く。
同時に、びゅうっと強い風が吹いた。
煽られたボールは彼女の脚から少し離れていく。
きらきらとしていた瞳はがらりと色を変えた。
彼女の動きがスローモーションのようにコマ送りで見えた。
瞬きも出来ない。 彼女しか、見えない。
逸れたボールをワンバウンドでトラップすると、体はゴールへと向きを変える。
フェイントのような動作を入れ、そして、無人のゴールにボールを蹴りつけた。
ゴールネットを揺らしたボールを見て、ふっと笑った彼女に、また心臓がぎゅっと締め付けられた。
―彼女に負けてられない―――――
ぎゅっと拳を握ると、すっと現実に引き戻された。
「リカちゃん…」
彼女はあの時はまだサッカー選手になる夢を追いかけていたのだろう。
生き生きとして、真剣に夢を追いかけていた彼女のあの笑みが、頭の中から消えない。
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捏造乙! 過去編です。
とりあえず君たちは会話をしてくれ、頼むから…orz
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