03 好奇心など死んでしまえばよかったのに
私を雪野リカだと分かったからか、安心したように椿君の下がっていた眉は定位置へ戻ったが、またすぐに私にとっての定位置まで下がる。
次に続く言葉を考えていなかったのか、どうしよう!と混乱してるのが丸わかり。
その御様子ではこの周りのただならぬ雰囲気には気付いていないだろうなァ・・・。
ふっと一息つくと、助け舟を出す。
この状況を打開したいのはお互い様のはず。(若干の意味の違いはあれども)
「・・・でさ、ここじゃ落ち着いて話も出来ないし、場所変えない?」
私の言葉で周りの様子に気付いた彼はぎょっとして、アワアワと慌て始めた。
ETUの選手がこんなところで一般人の女なんかに声かけるからだよ。
不思議そうに見てる子とか泣き出しそうな子もいる。
…椿君のファン、なんだろうね。 あんなプレーしてたら、応援したくもなるよね。
その慌てっぷりに思わず苦笑いが漏れる。
助け舟を出したはずなのにさらに窮地に陥れた感じになって、少し申し訳ない気持ちになったのだが、勝手に巻き込んだのはあちらなのでこれでおあいこということで、謝罪の気持ちは捨てた。
こそっと耳元でささやく。
(近くのコーヒーショップ。 1時間くらいは待ってられるから。)
それだけ言うと、するりと彼の横を通り抜けてETUサポーターと椿君のファンであろう女の子集団の横もするりと通り抜けた。
−−−−−−−−−−−
後ろをついてくるような人影も見えたので、適当に細い路地を入って何度か曲がって上手く撒く。
そのころには目的地からだいぶ外れた場所にいて、方向感覚をフル回転してやっとのことでコーヒーショップへたどり着いた。
自分が人並みの方向感覚の持ち主で本当に良かったと安堵しながら、ちゃっちゃとコーヒーを購入する。
椿君がもうついてたら申し訳ないなぁと周りを見渡してみるが、どこのテーブルにも彼の姿は見当たらず、心配は杞憂に終わったのでよしとする。
一番奥の席について鞄から文庫本を出す。
手っ取り早く現実逃避するには最適な時間の過ごし方。
早く物語の中に引き込んで現実を忘れさせてと願うが、こういうときばかり話に引き込まれてくれない。
ふとした文章の途中で先日の試合や今日の練習中の椿君がたびたび浮かんで、苦笑いだ。
そのせいでなかなかページが先に進まない。
・・・まだまだ、未練たらたら、なのかなァ。
もう、枯れて死んだ気持ち、になってると思ったんだけど…。
なんだか肩まで重くなってきたので、本を読むことを諦め、肩をほぐしながら冷めたコーヒーをすする。
さて、どのくらい待ったのだろう?時計をチェックすると、ここについて30分以上は待っている。
まだ来ないのならこのコーヒーを飲み終わったら帰ろうか。
逃走していた時間を含めればそろそろ1時間になる。
・・・今更椿君に会ったところで、何を話すつもりだったのだ。
コーヒーは冷めて苦みが増したようだが、猫舌の私にとってはちょうどいい温度で急いで喉の奥へと流し込んで席を立った。
店を出て駅へ向かって歩き出すと、背後から待って!という制止がかかる。
ご丁寧にリカちゃんと名指しで。
あー・・・、もう少し早く出ていたら、会うことなかった、かなと、自分から話の場を設けておきながら、ひどいことを考えた。
ETUのクラブハウスからずっと走ってきたのか、追いつき隣に並んだ彼の顔には割と粒の大きな汗とあがった息。
私と話すことはそんなに必死になること?
体を冷やさないか心配になりながら、息の整った彼に駅まで歩きながら話そうと提案した。
文句も言わずに素直に頷く彼を見て、止めていた足を駅へ向かって再度動かした。
久しぶりだね。とそうだね、ホント久しぶりだね。と再会を喜ぶようなあたり障りのない会話。
話のネタを考えて来たのだろう、中学はどうだった?高校は?と、会話が途切れないようにと質問が飛んだ。
自分の話はあまりしたくなかったのでなるべく端的に答えて、同じ質問を椿君にぶつけてこれまでの経緯を話させる。
噛みまくりの上に、極度に偶々とか偶然とかを強調するものだから、話が中々進まなかったが、要約すればこうだ。
県外のサッカー強豪校へ進学。
結局高校ではレギュラーになれなかったが、途中出場して偶々活躍した試合があって、偶然スカウトの目に留まったおかげで、卒業後FC武蔵野へ入団することが出来た。
そこでETUのスカウトさんの目に留まってETUへ移籍。
現在に至ると。
その経緯を聞いて、またどろり何かがあふれる感覚がした。
それでも、頑張って笑った。 よかったねって、おめでとうって、笑って言った。
照れたように顔を赤くして、ありがとうって言う彼を見て、だんだん自分がみじめに思えてきた。
私には、ないものが多すぎて。
もう駅が目の前に迫っていた。
ここでお別れだと声をかけようとすると、何の気なしに口にした質問が私の心臓をえぐった。
「リカちゃんは、今、どこでサッカーしてるの?」
私の回答を聞いたあなたは、どんな顔をするんだろうね。
ごめんなさい、あなたの期待にこたえられるほどの人間じゃなくて。
好奇心であなたを見に行こうなんて、しなければよかった。
みじめで卑屈な考えが頭の中を支配して、返答まで変に長い間が出来てしまった。
・・・別に、大したことじゃないんだ、さっさと言ってしまえ。
彼の瞳をきちんととらえて一息で言い終える。
「ごめん、もうサッカーやめたんだ」
消えそうな笑顔とともに彼女はそういった。
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今回もあんまりキャラしゃべらんし、文章重い。いろんな意味で。
好奇心はネコをも殺す。
好奇心でサッカーに再び接触してみたら、いろんな感情があふれ出しそうで、後悔。
殺してた感情が息を吹き返しそうで、再び殺しにかかってるって感じのお話だったり。
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