02 あの人とあの気持ちと再会
実家でも、東京でも暑い事は変わらなかった。
水路や水田から蒸発した水による湿気で蒸されるか、
照りつける太陽によって焼けたアスファルトやコンクリートに焼かれるかの違いだ。
どちらかといえば・・・、いやどちらも嫌だ。
そんな事を考えている間に、電車は浅草駅へ到着する。
あぁ、車外に出ることが躊躇われたが、意を決して一歩を踏み出した。
ほんの少しの好奇心と出来心を持って。
浅草寺に寄って願い事。
「単位が無事とれてますよーに」
…「椿君が、これからも活躍しますように」
閉じていた目と手を解放すれば、ジージーと蝉の声が耳に届き再び暑さを感じた。
ふらふらとETUの本拠地までの道のりを歩く。
さすが下町だけあってところどころに情緒あふれる通りや建物がある。
それでも近代化は進んでいるようで、中心街を離れれば一般的な街並みになっていった。
その中にフェンスに囲まれた大きな施設が見えた。
「ここかー」
携帯の地図機能と格闘しながら歩き、ようやくたどり着けた。
大層賑わっているのかと思いきや、練習が見えないとか、人が多すぎてうんざり、というほどの人は見受けられなかった。
これはラッキー!と思いながら、いそいそと椿君を探した。
練習でも、ワクワクするようなあんなプレーをしているのだろうか?
ぱっと見つけた彼の姿に、吹き出しそうになるのをこらえる。
彼は彼よりも小さな選手にダメだしでもされているのだろうか、ペコペコと頭を下げていた。
試合じゃかっこいい所ばっかりだったけど、昔と変わらないようなおどおどした面も、まだ残ってるんだなぁ。
懐かしさに、ほほが緩んだ。
それと同時に、あんなに小さい人や椿君みたいにおどおどした人でもプロになれるんだなァと少し驚きつつも感心。
・・・チクリと何かが刺さって、どろりと何かが流れ出した気がした。
−−−−−−−
「あの子、どっかで見たことある気がするんスよねー」
練習後、クラブハウスに戻るときにそう言ったのは世良さんだった。
練習中にも目ざとく女の子をチェックしている先輩に脱帽だ。
俺はまだファンサでもテンパって顔あんまり覚えられないのに。
「合コンで知り合った子とかじゃないすか?」
「俺お前みたいにチャラチャラ合コンとか行かねー!」
「俺も行かないっすよ。 世良さんみたいに女に手当たりしだい声かけたり合コン行かなくても向こうからよってくるし」
「手当たりしだい!? んなことしてねーよ!」
強い日差しの中での練習が終わったばかりだというのに、この元気は一体どこから出てくるのだろう。
ザキさんはドヤ顔というか鼻で笑うような表情で世良さんに突っかかるから、やり取りが収まる気配は微塵もない。
「だー! うるせぇ! そんなに体力余ってんならもっと練習で全力出せ!」
堺さんの雷が落ちてようやく2人が黙る。
それでも世良さんは不満そうに唇を突き出していた。
「・・・でも、気になるんスよね、あの子」
「まだ言ってんのか? ただのサポーターじゃねぇのか?」
「いや、なんか雰囲気違いません? ほら、俺たちが引き揚げてもまだあそこでグランド見てるし」
世良さんが指した方向をその場にいたETUのメンバーが振り返る。
「確かに」と同意する声がぽろぽろと聞こえる中で、俺がその彼女を目にした瞬間、周りから音が消えた。
「お、おい椿!」
気がつけば彼女に向って走り出していた。
誰が制止の声をかけたのかもわからなかった。
「す、すぐ戻ります!」
−−−−−−−−
ぼうっとグランドを眺める。
選手たちの去ったグランドは静かで寂しさを感じた。
あそこで、ボールを蹴ることが出来たら。
届かなかった夢がまたうずいた。
ふぅっと息をひとつ吐く。
すると静かだったはずの周りがきゃあきゃあと騒がしくなりだした。
その声の方向に目を向ければ、そこには彼の姿。
「あ、あの!・・・リカちゃん、だよ、ね?」
近くで見る彼は、自信なさげに眉をさげたただの男の子に見える。
でも、サッカー選手で日本代表。
それを頭で理解しても心は受け入れ難いのか、奥の方からどろどろと何かがあふれ出してくる。
それを押さえて、応えるように笑う。
大丈夫? ちゃんと、笑えてる?
「・・・久しぶり、椿君」
綺麗に笑う彼女の笑顔に、懐かしさは感じられなかった。
大人になったとかそういうんじゃなくて、何かを堪えた笑顔に見えたから。
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ようやく椿登場。
再会のお話。
椿と素直になれないワケあり女の子の恋愛は絶対もだもだするので、気長に見守って頂けたら幸いです。
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