羨望恋愛番外:2人のペースで
「―――で、気持ち伝えあったし…っていう場面があったんですけど、」
椿がクラブハウス内を歩いていると、女性の話声が聞こえた。
脚を止めてしまったのは、それが先日両思いだという事を確認しあった彼女の声だったから。
もしかして、あの時の話してる?
盗み聞きなんてよくないとは思いつつも、つい耳をそばだててしまう。
「あぁ!手を出すどころかキスすらもしなかったやつでしょ?!」
「そうです! もしかして、有里さん見てました?!」
「あれはないよねー」「…ですよねー」と言いながら深く頷く女性2人の姿。
確かにあの時いい雰囲気にはなったと思うけれど、その、キスなんて考えられなかった…。と椿は肩を落とす。
追い打ちをかけるかのように2人の会話は続く。
「なんていうか、やっぱりヘタレだったよね」と有里。
グサリ。
苦笑を浮かべ「そうですねー」と同意するリカ。
グサリ。
「ヘタレなんて可愛い言葉を使うのももったいない。ホント情けない男!!」
ドスドスドス!
心に何本ものナイフが突き刺さり壁に手をつかなければ体を支えられないほど気落ちした椿。
盗み聞きした事を激しく後悔した。
「リカちゃんも男性からは男らしく迫られたいよね!?」
ドキリと心臓が大きく脈打つ。
その返答に椿の神経が研ぎ澄まされる。
「あー、まぁそう、ですね」
「でも、相手が椿君じゃ無理か―」
「あ、いや!えっと!」
顔を真っ赤に染めてそれ以上何も言えなくなるリカ。
この会話を機に、椿はある決心をした。
−−−−−−−−−
これは、どういうこと?
リカは混乱している。
さっきまで最近の定番通り、私の部屋でご飯食べてTV見てたよね?
それでどこでどうなってこうなった!?
私はいま、唇を、奪われている。
近づいてくるときはギラリとした瞳しか見えなかったのに、今はゆっくりと離れていくのが見える。
驚きのあまりずっと目は開けたままだった。
「…ど、どうしたの?」
キス直後の言葉がこれとはいかがなものかと思うが、今頭の中はこの疑問で埋め尽くされている。
ギラギラした瞳はどこかへいき、いつものように眉をさげ自信なさげな瞳と目が合う。
「・・・嫌、だった?」
「嫌じゃないけど、突然だったし、驚いた」
心臓がドキドキウルサイ。
リカがそれを鎮めようとふーと一息吐くと、椿は拳を握った。
「…あの時、その、キス出来なくてごめん」
「え、は?あの時っていつ? キス出来なくってってなに!?」
突然の謝罪、それも意味のわからない謝罪に落ち着きを取り戻しつつ合った心臓はまた鼓動を早める。
「その、リカちゃんがETUスタッフとして来た時に、その、して欲しかった、んだよね?」
「え、いや、そんなことは考えてもなかった。 私いっぱいいっぱいだったし…」
「え?」
お互いかみ合わない話に疑問符を浮かべる。
「なんでこの間、その、キスして欲しかったと思ったの?」
「あの・・・、ごめん! 有里さんと話してるの聞いて!」
「え!?」
「その・・・思いを伝えあったのに、キスもしない、ヘタレとか、情けない男とか…」
段々と語尾が小さくなり言い淀む椿に対し、ぷっと吹き出すリカ。
「そのヘタレとか情けない男って、ドラマの主人公の話!」
昨日一緒に見てたでしょ?と彼女はくつくつと笑いだした。
昨日確かに一緒にTVを見ていたけれど、彼女がこてんと寄りかかってくるものだから、彼女に触れてる左半身が熱くて気になって、TVの内容など一切覚えていない。
それにしても!!なんて勘違い!
「ああああ! ホントにごめん!」
「え、なんで謝るの?」
「俺の勘違いだったなら、ホントに突然だし、心の準備とかっ!」
ぐっと椿の胸倉をつかんで唇を寄せた。
「ーーーっ!!」
「これでおあいこ? それに、私はさっきの嫌じゃなかったから、謝んないで」
「う、うん」
2人で唇を奪い合ったのに、この先どうしていいのかわからなくてお互いに視線を泳がす。
微妙な沈黙の中、泳がせ合った視線がぶつかる。
それが何だかおかしくなってどちらともなく頬笑みがこぼれた。
そして、今度は優しく唇が触れあった。
2人のペースでゆっくり進んでいけばいい
(さっきみたいに強引な椿君もかっこいいと思うけどね)
((が、頑張ろうっ!))
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可哀そうな椿のために急いで書きあげました。
こういう誤解等々がないと先に進めないなんて…。
使い古された感じのドラマ誤解ネタでした。
あぁ、たったこれだけのことだけど、雪野にはまぶしすぎるー!
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