05 隠した優しさ
どれくらい時間が経ったかわからなかったが、このままここには居られないとふらふら自宅を出て、雨の中を歩く。
行く宛もなければ帰る宛もなく、途方にくれたまま。
気がつけば、持田さんの家の前だった。
家族より昨日あったばかりの人に頼る今の状況に、悲しさより、可笑しさがこみ上げた。
冷えた体を自身で抱きしめ、やっぱり、帰ろうと踵を返した。
「あんた、帰ったんじゃなかった?」
「帰りました、けど…」
踵を返したはずが、コンビニに出ようとした持田さんに捕まった。
「へぇ、家に帰ったら2人がヤってたとか?」
意地悪い笑みを浮かべる持田さんはおどけて言ったのだろうが、図星過ぎて私は何も言えなかった。
うつむいていると手を引かれ、昨夜のようにまた部屋へと連れ込まれた。
傘をさしていたけれど雨に濡れて冷えた体を浴室に押し込まれる。
シャワーと乾いた着替え(なぜ持田さん宅に女性用の下着や服があるのかはこの際目を瞑る)で体は熱を取り戻した。
「ありがとう、ございました」
浴室から出てお礼をすると、先程のような優しい持田さんはどこにいるのか、王様のように振る舞う人がいた。
「遅い。 お前、早く飯作れよ」
その言葉に少しイラついたが、家にはまだ帰りたくなかったし、お礼の意味で朝御飯を作る。
生活感のない冷蔵庫の中身で作れる物は少なく、スクランブルエッグにベーコン、トーストという、質素なものだった。
食卓につくと、持田さんは何も言わず食べ始めた。
その姿をぼーっと眺めていると、目が合う。
「…しばらく置いてやるから、家事ぐらいしろ」
え?と思考がついていかず、瞼だけが動いた。
「面倒な家事するなら、ここに置いてやるよ」
「…あ、はい、ありがとうございます!」
こうして、私は持田さんに拾われた。
‐‐‐
微睡みから目を醒ますと、持田さんの腕の中にいた。
無関心で冷たい人だと思っていたけれど、いつも隠した優しさをくれる。
持田さん宅にお世話になると姉に伝えた後、何度か自宅に荷物を取りに帰ると、知らない物が増えていたし、あぁ同棲してるんだ、私がいなきゃいつでもデキるもんねと嘲笑した私は、先輩と同じ会社に居たくないと、すぐにでも辞めたかった。
でも、逃げるなよという持田さんに押され、今でも辞めずに続けている。
セフレという言葉を発した事があるのに、持田さんは私を抱くことはなかったし、この家に誰も連れ込まなかった。
私があれ以来嬌声を聞くことはなかった。
持田さんの優しさに感謝しながら、そっと腕の中から出る。
時計を覗けば普段より早い時間で、ゆっくりと身支度と朝食の支度をし、持田さんを起こす。
「持田さん、朝御飯出来ましたよ」
「ん」
のそのそと起き上がる姿は、ただの一般人だ。
会社の先輩達がキャーキャー言うような存在だとは思えない。
2人で食卓につく。
おいしいとか、ありがとうとか、そんな言葉はないけれど、きれいに食べきられた皿から小さな幸福感を得る。
こんな日々が続いて、あの人を思う気持ちは枯れて、私も朽ちてしまえばいいのに。
そんな気持ちとは裏腹に、あの日が近づいていた。
‐‐あとがき‐‐
あんまり上手く話が続かなかった。
次は持田さんの出番ありません。
両親の三回忌。
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