怒りの玉子少女



午前八時過ぎ。ツナ、獄寺、山本の三人は珍しく遅刻時間までに少し余裕を持って登校していた。主に遅刻の原因となるツナの寝坊が、リボーンの容赦ないドロップキックに阻止されたのだ。獄寺や山本と何気ない会話をしつつ、未だ痛む後頭部を押さえながらツナが校門を抜けようとした時、不意にその首元に鋭く先が尖った鉛筆が突きつけられた。思わずひっと上擦った声が口からもれる。何事かと顔を上げれば、見知った人物が厳しい表情で三人を見据えていた。


「ツナくん、ネクタイが緩んでいます。きちんと締めなさい」

「え?あの…」

「山本くんはシャツが出ていますね。…直しなさい」

「おっ、おお」

「…獄寺。あんたはもう論外です!今すぐそのブレスレットと指輪、首飾りを外さなければビンタします」

「ああ?てめー何やってんだよ。…天宮」


怪訝な顔をした獄寺の問いに"服装違反者リスト"と表紙に書かれたノートを手にしたヤミは、淡々と今日が抜き打ち服装検査の日なのだと告げる。それでもまだ理解していないような三人に、彼女は一瞬きょとんとした表情をした後に溜息をついた。


「…あたしは風紀委員です」

「えっ、風紀委員!?」

「ずっと腕章を腕に付けてたのに気付いてなかったんですか?……それと獄寺、そいっ!」

「ブッ」


パアンッ。いっそ清々しいまでの音を響かせて盛大な平手打ちが獄寺の頬に見舞われる。当然のようにキレる獄寺だが、ヤミは「アクセサリーを外さなければビンタするって言いましたよ」とどこ吹く風な様子だった。女の子なのにたくましいな…。普段から獄寺に振り回されっぱなしなツナはそう思わずにはいられなかった。


「うちの委員長に見つかったらビンタどころじゃ済みませんからね!ただでさえツナくんたちはあの人に目ぇ付けられてるんだから!」


目を吊り上げてぷりぷりと言うヤミ。三人の顔がそれぞれに歪む。風紀委員会の委員長といえば、先日なかなか痛い目に合わされた雲雀恭弥だ。確かに彼だったらあの鉄製のトンファーで殴られていたことだろう。そんな光景が目に浮かび、ツナは思わずぶるっと身を震わせた。


「あっ、あんなとこに服装違反者が!おいそこの不良、今すぐそのピアス取らないと耳引きちぎりますよコルァ」


ツナ達の後方に、見るからにチャラチャラした感じの男子生徒を見つけたヤミは彼が上級生であるのにも構わず注意しに行ってしまう。それがきっかけで男子生徒がヤミに絡んできたのだが、彼女はそれはもう良い笑顔で背負い投げをくらわし、相手をのしてしまった。見た目こそ優等生のように見えるが、ヤミはそこらへんの不良よりもよっぽど恐ろしい。


「ヒバリのヤローといい天宮といい、風紀委員はうぜーやつばっかだぜ」


獄寺がぽつりと呟いた。



 ◇



「はあ!?ヤミちゃんをファミリーにする――!?」

「ああ、アイツなんか強そうだからな。なんか問題あるか」

「ありまくりだよ!誰彼かまわずマフィアに引き入れるのやめろよ!」


放課後、いきなり校庭に呼び出されたツナは(何度も学校に来るなと言ってもこの赤ん坊は聞きやしない)聞かされた言葉に大きく声をあげた。ちなみに一緒に来ていた獄寺も眉間に皺を寄せ、不平をもらす。


「俺も反対です。あんなバカにマフィアが務まるとは思えません」


…バカ云々というよりも、単に獄寺はヤミが気に入らないだけのようであるが。ともかく、この訳の分からないマフィアとやらにたくましいとはいえ女の子まで巻き込むわけにはいかない。リボーンを止めなければ。そう意気込んだツナはリボーンに抗議しようと口を開けるが、今まさに話題となっていた少女の声がそれを遮った。


「誰がバカですって?」

「もう呼んじゃった。てへっ」


猫を被るリボーンにツナは若干の殺意が湧いた。相変わらずきっちりと制服を着こなしたヤミは委員会の仕事の最中に抜け出してきたらしく、用があるなら手短に済ませてくれと言わんばかりの視線をツナに(なんでリボーンじゃないんだよ!)向けた。聞けば、あまり仕事をサボれば雲雀に咬み殺されてしまうらしい。気の毒なことこの上ない。


「実はマフィアのボンゴレファミリーに入ってほしいんだ」

「おいっ、リボーン!」

「は?マフィア?…別に良いですよ」


あっさりと出た了承の答えにツナは目を瞬かせる。しかし次の瞬間にはっとして、リボーンが言ってることは冗談ではなく本気なんだと教えてやるがヤミの言葉が覆ることはなかった。困惑するツナを余所に、ヤミは「ただし…」と続ける。


「あたしに鬼ごっこで勝てたらの話ですよ」

「「は?」」


脈絡もなくそう言ったヤミに、ツナと獄寺は頭に疑問符を浮かべた。マフィアになることと鬼ごっこに一体どんな繋がりがあるというのか。全く話が読めないでいると、急にヤミがくわっと表情を変え、ものすごい力でツナに掴みかかってきた。


「うわっ」

「なんの条件もなく自分の言うことを聞いてくれる人なんていると思うなです!人生は"live or die"!!そんな甘ったれた根性じゃこの世界やっていけねぇんですよ!!ああん!?」

「(ひたすら意味不明――!!)」

「強制的に雲雀くんの下僕にされ、日々パシられては殴られ、パシられては殴られ…!人生なんてくそくらえええうわあああ」

「(よく分かんないけど大変なんだな……)」


こうして、ヤミを逃げる側として鬼ごっこが行われることになった。しかしツナ達は正直言ってやる気がない。二人共、ヤミがボンゴレに入ることに賛成でないからだ。わざと負けようと二人でひそひそと話し合っていたところで、リボーンが一声。


「ヤミに負けたら獄寺はボンゴレ脱退だからな」

「一瞬であの女をつかまえてやりましょう、10代目!」

「んな――っ!?」


たちまち勝つ気満々になってしまった獄寺。ヤミは挑戦的な笑みを浮かべているが、二対一でしかも男である獄寺が本気を出したら確実に自分達が勝ってしまう。まずいと焦るツナのことは一切気にせず、レオンをホイッスルに変形させたリボーンが始まりの合図を鳴らした。獄寺が走り出す。やはり運動神経が良いのか、ヤミとの距離が一気に縮まった。


「つかまえたっ!」

「…ふ、甘いです」


獄寺が手を伸ばし捕まえようとしたその時、にやりと笑ってみせたヤミ。次の瞬間、視界から彼女の姿が消えた。獄寺の横をすり抜け、あっという間に離れていってしまう。


「チッ、油断したか…」


――それから20分、ヤミが捕まることはなかった。あともう少しというところまでは何度もいけたのだが、確実に捕まえることができない。二人で協力して追いつめてもさらっと避けられてしまう。運動音痴な自分はともかく獄寺がいればすぐに勝てると思っていたツナは唖然としていた。こちらの息が荒いにも関わらずヤミはまだまだ余裕の表情だ。


「おーっほっほ!あたしに足の速さで勝とうなんて一万年早いですよ!」


傍らにあった朝礼台の上に立つヤミはどこぞの女王のように高笑いをしている。今の彼女に一番しっくりくる言葉は"調子こいてる"だ。元より鬼ごっこに勝つつもりなんて少しもなかったツナだがここまでくると少しムカつく。ツナでさえムカついているのだから獄寺は言わずもがな。


「チクショー!アイツがあんなに足が速ぇなんて聞いてねえぞ」

「ププー!一瞬でつかまえるとか言ってたのどこのどいつだー!」

「だあああうっぜーな!いっそのこと殺して…」

「わああああ獄寺君やめてダイナマイト出さないで!」

「悔しかったらつかまえてみてくださいな」

「上等だ!この貧乳!」

「なっ」


獄寺の口から出た言葉にツナは目を剥き少し顔を赤くする。そんなこと女の子に言ったらまずいって!慌てるツナと違って獄寺は特に気にしていないようだった。しかし、ひやっとした空気がその場を支配し事態は一変する。ぎりぎりと音をたててツナが首を傾ければ、そこには――…まさに鬼の形相なヤミがいた。


「だああれが貧乳だってェ…?」

「おっ落ち着いてヤミちゃん!獄寺君も悪気があったわけじゃ」

「問答無用!血祭りにあげたらァ!!」

「ヒイイ!」


普段から使っている敬語も消失し、ゴオオと魔王のようなオーラを背に纏ったヤミが脇目も振らずに向かってくる。完全に自分が鬼ごっこをしていたことを忘れているようだった。さすがに獄寺もやばいと思ったのかこめかみに汗が光るが時既に遅し。朝に受けたものとは比べ物にならないほどの強力な平手打ちが炸裂し、そのまま後方にふっ飛んだ。


「ご、獄寺君!」

「獄寺にタッチされたから鬼ごっこはヤミの負けだな」

「そんなこと言ってる場合か!!このままじゃ殺されるって!」

「貧乳ナメんなよコノヤロ――!!」

「(貧乳認めたーっ!!)」


ゆらりと振り返ったヤミが次の標的をツナに定める(なんでオレまで狙われてんの――!?)。リボーンに助けを求めるも、彼は鼻ちょうちんを揺らして寝ていた。恨めしげにツナがその姿を睨んでいる間にも、ヤミの拳が恐ろしい速さで迫ってくる。ツナは咄嗟に目を閉じた。殴られる…っ!


「…あれ?」

「君は、何をしてるのかな」

「オオッ」


なかなかこない衝撃におそるおそる瞼を開いたツナの瞳に映ったのは、涙を浮かべるヤミと、その頭部をぎりぎりと掴みあげる雲雀の姿だった。なんだかよく分からないが助かったらしい。ふう、と溜息がもれる。


「なかなか仕事に戻ってこないと思ったらこんなところで遊んでるなんて、ねえ」

「うごおおお頭つぶれるうう…!」

「"ごめんなさい"はどうしたの」

「ア――ッ!!ごめんなさいごめんなさいいい!力強めないでくださいー!」


……雲雀はヤミの頭を掴んだままさっさとその場を立ち去ってしまった。なんというか、台風か何かが過ぎ去ったあとのような気分だ。

出会った当初、ツナはヤミのことを心優しい人だと思っていた。その後に暴力的なところを見て少し恐怖を感じたが普段は真面目だし、逆に言えばたくましいということなのでそこまで気にしていなかった。が、今日になってようやく気付いた。あれはたくましいなんてものじゃない。彼女を怒らせたら殺される。なんでこんな恐ろしい人ばっかり周りに集まってくるのだろう!


「やっぱ風紀委員会うぜーっスよね」


赤く腫れ上がった頬を押さえて、獄寺が呟く。校舎の方からヤミの悲鳴が聞こえた気がした。






怒りの暴力少女
その怪力 細腕に潜む


 
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