君から見えるこの世界



「"極限必勝!!!"」


九月も中盤を過ぎた頃、並盛中学校舎のとある一室にて体育祭の作戦会議が行われていた。壇上に立ち、ひたすら大きな声で演説をしている男はボクシング部主将の笹川了平だ。彼の言葉によって士気を高められたA組の生徒等もまた了平と同じような大きな声で雄叫びをあげている。室内は熱気に満ちていた。


「へえ…。あの先パイ笹川さんの妹なんですかー」


笹川了平の妹である笹川京子の隣でヤミは呟いた。それまで兄を心配そうに見守っていた京子が、その言葉にふんわりと微笑む。その笑顔はさながら天使のようだとヤミは思った。ツナがいつもそわそわしながら彼女を見ているのも納得できる。


「今年も組の勝敗をにぎるのはやはり棒倒しだ」


了平の声に耳を傾ければ、体育祭の華とも言える棒倒しの話をしていた。なんでも総大将は組の中で一番強い男がやるらしいが、その一番強い男である了平は兵士として戦いたいので辞退するそうだ。そこで、笹川はある生徒を総大将に推薦したいという。


「1のA、沢田ツナだ!!」

「おおおっ」

「10代目のすごさをわかってんじゃねーかボクシング野郎!」


推薦されたツナは戸惑うが、その隣にいた獄寺と山本は喜びの声をあげる。嬉しいのはもちろんヤミも一緒だ。男子しか出場しない棒倒しの話には特に興味のなかったヤミだが、途端に目を輝かせる。しかし一年生であり、さらにダメツナと呼ばれる彼を皆が信用するはずもなく、賛成する人はごく僅かだ。総大将になりたくなかったツナはその事に安堵するが、そこで獄寺とヤミが動いた。


「ウチのクラスに反対の奴なんていねーよな」

「手ぇあげない奴はどうなっても良いんでしょうね」


ダァンッと足を机に乗り上げさせて言う(脅す)姿はもはやチンピラのそれだった。女子は獄寺に、男子はヤミの意見に続々と賛成していく。こうして、かなり無理矢理な形でツナは総大将となってしまったのだった。



 ◇



「体育祭楽しみだなーっ」


作戦会議が終わった後、応接室にやってきたヤミはいつもに増して活き活きと書類整理に取り組んでいた。その姿を眺める雲雀はヤミとは対称的につまらなさげだ。雲雀にとっては体育祭など愛する学校の行事という存在でしかない。それを楽しんだりすることはないので、ヤミの嬉しそうな表情の意味がよく分からなかった。


「聞いて驚いてくださいよー。A組の総大将はあのツナくんなんです!」

「…ふぅん」


一瞬だけ目の色を変えた雲雀だが、ヤミがそれに気付くことはない。寧ろ無反応が返ってきたと思って、不満げにちぇっと舌打ちをもらした。


「あっ、そうだ!明日は体育祭だからお弁当作りますね!」

「君の料理はいつも食べてるけど」

「こういうのは雰囲気が大切!オーケー?」

「…勝手にすれば」

「やっふー!」


実は、ヤミの明日の仕事はほとんどない(草壁の計らいである。今度お礼をしなければいけない)。なので、体育祭を存分に楽しむことができるのだ。久しぶりにたくさん体を動かせる機会がやってきたことが運動好きなヤミは嬉しくて堪らない。友人であるツナ達と同じ組というのだから尚更だ(前に貧乳と言われたのは未だに根に持っているが)。

存分にグラウンドを駆け抜けているであろう明日のことを思い、ヤミは表情を綻ばせた。



 ◇



「…で?」


翌日の正午。応接室のテーブルに並ぶの重箱を見下ろした雲雀は、呆れ気味に隣に立つ少女に視線を送った。その少女、ヤミはというと「いやーあっはっは」と苦笑いをこぼしつつ頭をかいている。


「ちょっと気合い入れて作りすぎちゃいましたー…」


全然、ちょっとどころではなかった。大きめの五重重箱が三つ。それは普通に考えて、中学生の男女が食べきれる量ではない。てへぺろりん、と憎たらしく舌を出すヤミはとりあえずトンファーで殴り、仕方なく箸を手にとる。


「…………」


これがまた美味しいのだから腹が立つ。黙々と食べる雲雀を見て、頭にたんこぶを作ったヤミは小さく笑う。そして、自分もまた出汁巻き玉子がいっぱいに詰まったお重に手をつけた。


「むふー!我ながらお弁当おいひい!やっぱ運動後の食事は最高でふもがもが」

「食べながら喋んないでよ米粒飛ぶ」

「すみませんもがもが」

「…………」


ものすごい勢いで弁当を口の中に掻き込んでいく姿はなんというか馬鹿っぽい。体育祭では徒競走で男子にも余裕で勝っていたし、女子らしいのかそうじゃないのかいまいち分からないな。午前中、ちゃっかり応接室からヤミの活躍を眺めていた雲雀は、そろそろ満腹感が訴えだしてきたので箸のスピードを緩める。思わず「ゴリラみたい」と呟いてしまったらヤミが足を踏んできたので(ポーカーフェイスは崩さなかったがものすごく痛かった)、革靴の先で思い切りスネを蹴ってやった。悶えるヤミに優越感に浸る。雲雀は負けず嫌いであり、ドSでもあった。


「…あ」


ふと窓の外に目を向けたヤミが小さく声をもらす。色白のその顔に影が差したのが見えて、雲雀は何気なく視線の先を辿った。そして、僅かに寄る眉間の皺。

ヤミが見ていたのは、楽しそうに昼食をとる平和な四人家族だった。父と母、それに兄と妹――…一人はボクシング部主将ということもあって、雲雀も名前は記憶している。妹の方はヤミのクラスメイトだったかもしれないと頭の片隅で思うものの、目の前の少女が悲しい目で一家を眺めているのは、きっと知り合いだとかそういう理由ではないだろう。

寂しい。恋しい。どれも、もう雲雀にはよく思い出せない感情だった。


「………手が滑った、」

「…え?いだっ、ギャアアア!!!何するんですか――!!」


どべしゃっと残っていた重をヤミの顔面に叩き込む。なんらかの汁が目に入ったのか「うがああああ目がァ――!」と床にゴロゴロと転がるヤミに、雲雀はやはり優越感を感じるのであった。

――B組とC組が連合することに決まり、総大将を誰にするかで揉めているとの情報が入るのは、この二分後のこと。






君から見えるこの世界
そんな不細工な顔 見せないでよ

 
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