応接室パニック



「あー夏休み明けたよーうわー…」


夏休み明け最初の登校日。エコだなんだと騒いでいる世間を華麗にスルーして設定温度22度のクーラーを効かせた応接室で、ヤミは大袈裟なまでに深く項垂れていた。雲雀はそんな彼女に目もくれず、窓の縁に腰かけて中庭を眺めている。雲雀の視線の先には、ボロ雑巾のような姿で横たわっている三人の生徒が。彼らはつい先程、雲雀が最も嫌う"群れる"という行為をしてしまったが故に制裁をくだされた者達である。流石にそこまでしなくてもいいだろうとヤミは思ったが、制裁をくだされた生徒に非があったのも事実。下手に口出しすれば彼らの二の舞になってしまうので、ヤミは放っておいた。


「…あ、そうだ雲雀くん。プリン食べませんか?」

「プリン?」

「はい!昨日、作ったんです。おやつに食べようと思って持ってきちゃいました」

「…………」


いつの間にそんなもの作ったんだとか、学校に飲食物を持ってくるなだとか言う暇もなく、ヤミは応接室に備え付けてある簡易キッチンへと向かう。小さい冷蔵庫もあるからそこにそのプリンも入っているのだろう。ちょうど小腹も空いていたし今日は特別に許してやらなくもない、と雲雀は溜息をつきつつ窓の縁から立ち上がった。

窓の外から、そんな彼の様子を眺めている人物が一人。


「雲雀恭弥。…面白ぇーな」



 ◇



「ちょっと雲雀くーん!仕事してくださいよー」

「飽きた」


雲雀の一言に、ヤミの苛立ちは募るばかりだった。デスクの上に積み上げられたプリントの山はさっきからほとんど減っていない。ただでさえ事務処理の仕事ができるのは雲雀とヤミ(たまに草壁)だけなのに、そのうちの一人が飽きたなどという理由でサボったとあってはたまらない。ヤミは雲雀が怒りだしてしまわないように極力丁寧に説得を試みた。


「今日の夕飯はハンバーグにしますから…、仕事してください」

「ハンバーグは食べる。けど仕事はしない」


ぶちっ。元々あまり気が長い方ではないヤミのこめかみあたりの血管が破れた。持っていた鉛筆がボキリと嫌な音をたてる。ヤミは生まれて十数年、雲雀ほどのワガママなマイペース野郎に会ったことがなかった。怒りに震えるヤミを特に気にする素振りも見せず、雲雀はソファの背に腰かける。


「…誰か来たな」

「はあ!?そんなこと言って言い逃れようったって無駄――…」



ガチャ…



堪忍袋の緒が切れたヤミが雲雀に殴りかかろうとした瞬間、不意に開いた扉。雲雀の「誰か来た」の言葉に間違いはなかったようだ。ヤミは扉を開けた人物を視界に捉えると、その目を大きく見開かせた。


「山本くん、獄寺…?」

「!」


向こうもヤミの存在に気付いて驚きの表情を露にした。ヤミは眉間に皺を寄せる。一体何の用があってこの応接室にやってきたのだというのだろう。学校中から、いや寧ろ町中から恐れられている雲雀の根城である応接室に訪れる勇者はそうそういない。しかも訪れたら最後、ぼろぼろに咬み殺されるまで帰ることはできない。このままでは山本も獄寺も雲雀の餌食になってしまう。それはヤミにとって見過ごせない事態だった。


「ひ、雲雀くん。この人達は…」


トンファーを構え獄寺と対峙している雲雀をヤミは慌てて止めに入る。まさかもう一人来客がいるとは思わず、注意をそちらに向けていなかったのが悪かったのか。ヤミの健闘もむなしく、早くも犠牲者が出ることとなった。


「へー、はじめて入るよ応接室なんて」

「ツナくん!?」

「1匹」


鈍い音をたてて、雲雀の一撃をまともに受けたツナの体が派手に吹っ飛ばされる。そしてそんな光景を見てしまった獄寺が大人しくしているはずもなく、彼は怒りの赴くままに雲雀に突っ込んでいった。これはもうダメだ、止められない。ヤミは額を手でおさえて大きく溜息をついた。出来ることといえば、負傷した三人を介抱してやるぐらい。とりあえず雲雀が落ち着くまではじっとしていようと、ヤミは少し離れた場所へ移動した。


「3匹」


強いのは知っていたけど、まさかここまでとは。あっという間に三人をノックアウトさせてしまった雲雀に、ヤミは感嘆の息をつく。ツナはともかく、山本と獄寺はその身のこなしから察するにケンカはそれなりに強いと踏んでいた。しかしそんな二人を雲雀は赤子の手を捻るように簡単にあしらってみせたのだ。おまけにまったく動きに隙がない。確かに、この実力なら並盛を牛耳っていてもおかしくはなかった。


「…随分と落ち着いているね」

「見慣れてるんです。あたしの兄もよくケンカしてましたから」


雲雀の問いに、事も無げにヤミは答えた。女子ならこういう光景を見たら怯えるなり何なりの反応をすると思っていた雲雀は、僅かに目を見開く。すると、そんな雲雀の後ろで大袈裟なぐらいに大きな声があがった。


「ごっ…獄寺くん!!山本!!なっなんで!!?」


ツナの声だ。攻撃が浅かったのか、すぐに目を覚ましたようだった。しかし目を覚ましたところで状況が変わるわけでもない。雲雀はまだ満足していないようだし、再び咬み殺されるだけだ。ヤミは心の中で深く合掌する。軽傷であることを願うばかりだった。


「…ん?」


ふと窓の外に目を向ければ、そこには夏休み中に知り合ったリボーンの姿が。しかもその手には玩具というにはリアルすぎる拳銃が握られている。嫌な予感がしたヤミは、咄嗟に両手で耳を塞いだ。



ズガン



いつかも聞いた大きな銃声が耳をつんざいた。そうか、いつもこの音を発生させていた人物はリボーンだったのか。どこか冷静になった頭で、ヤミは納得する。例によってツナの額に命中する弾丸。倒れていく体。そしてその直後、弾けるようにしてツナが大きな雄叫びと共に起き上がった。毎度のことながら思うが、普段の大人しい姿からは想像もできないほどの変貌っぷりである。


「何それ?ギャグ?」


凄まじい勢いで殴りかかってきたツナに雲雀はカウンターをくらわす。あれはどう見ても重傷だ。もう向かってはこないだろうとヤミも雲雀も思っていた。しかし、その予想は簡単に覆されることとなる。


「まだまだぁ!!!」


雲雀の頬に容赦ないパンチが見舞われた。続けてどこからか取り出したトイレスリッパで勢いよく叩かれる雲雀の頭。――ありえない。ヤミは我が目を疑った。山本や獄寺ならまだ分かる。しかし今雲雀を圧倒しているのはツナなのだ。お世辞にも運動神経が良いとは言えないあのツナなのだ。

スリッパによる一撃で脳震盪を起こしたのか、フラつく雲雀。そしてその動きが止まった瞬間、ヤミの背筋をすうっと冷たい空気が過った。「殺していい?」と、そう言った雲雀は今まで見たことがないぐらいに冷えた表情をしていた。

――しかし雲雀が事を起こす前に思わぬ転機が起きた。リボーンが二人の間に入ったのだ。赤ん坊であるリボーンにも容赦なく食ってかかる雲雀だが、なんとリボーンは十手らしきもので雲雀のトンファーを受け止めてみせた。そしてその手にはベタな形状をした爆弾が。もちろん既に着火されている。


「や、やばっ…!」


ヤミが腕で顔を庇ったと同時に、けたたましい爆音が応接室に響いた。



 ◇



「げほっ、ごほ…。雲雀くーん、無事ですかー?」

「誰に聞いてんの」


どうやら心配する必要はなかったらしい。怪我どころか服に煤の一つ付いていない雲雀の姿を見て、ヤミはほっと肩を撫で下ろした。そしてあまり気は進まないが、辺りをそっと見渡す。案の定、爆発を受けた応接室は見るも無惨なものとなっていた。積み上げられたプリントの山も言わずもがな。この後片付けを任されると思うと非常に気が重い。応接室に乗り込んできた四人は爆発に紛れて退いたようだ。


「…で、あれは君の知り合いかい?」

「そうですけど…」

「あの赤ん坊、また会いたいな」


先程とは打って変わって穏やかな表情をした雲雀の呟きに、ヤミは苦笑いを浮かべる。恐らく、この風紀委員長と一緒にいればあの物騒極まりない赤ん坊との関わりは深くなってしまうだろう。だが、それを嫌だとは思わなかった。なんだかんだでこのスリリングな日々をヤミは楽しんでいたのだ。


「そういえばさ、君…」

「? なんですか」

「その髪型なんだっけ。…爆発頭?」

「うるっせーです!!」






応接室パニック
そして彼も 物語の中へ

 
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