退学クライシス



―――次の日の朝。ヤミは寝床であるソファ(雲雀の家には一人分の布団しか用意されていないらしい)からむくりと起き上がると、口を手で覆うでもなく盛大な欠伸を漏らした。それから手で軽く髪を整えて、着ていたパジャマ(これは雲雀が草壁に用意させたものだ)を脱いで着替えを始める。


「ふわぁ…眠い…」


風紀委員の朝は早い。特に今日は持ち物検査の日らしく、7時前には学校に着いていなければならなかった。前の学校で遅刻ぎりぎりの時間に登校していたヤミにとっては、なんとも辛いことである。


「…天宮。とっとと朝食作ってよ」

「きゃあ!今着替え中です!入ってこないでください!」


ブンッと勢いよく投げつけられた枕。しかし雲雀はそれを軽々しく片手でキャッチすると、今度はヤミに向けてさっきよりもさらに勢いよく投げつけた。


「へぶっ」

「君の裸を見たところで欲情なんてしないから問題ないよ」


ばっさりと言い放つと、雲雀はヤミの部屋として使っている洋室から出ていった。一方のヤミはというと見事に顔面にクリーンヒットした枕に悶絶。そして「むきぃー!!」と猿のような叫びをあげると、早々と着替えを済ませるのだった。



 ◇



「川田」

「はい」

「栗原」

「はい」


その日の午後。ヤミが転入してきたクラスの「1−A」では、午前中に行われた理科のテストが返却されていた。ちなみに女子のテストは先に配られ、今は男子のものが配られている。ヤミは返却された自らのテスト用紙を見て、はあ…と大きく溜息を漏らした。


「(27点ってやばいよなあ…間違いなく赤点だし……)」


正直言ってヤミはあまり頭がよくなかった。というのも、ヤミの家は父が陸上の選手ということもあり、「若いうちは存分に体を動かす」がモットーだった為、勉強は二の次だったのだ。


「…沢田」

「はい」

「(…あ、ツナくんだ)」


昨日こちらに来てから初めてできた友達である沢田綱吉ことツナの名前が呼ばれ、ヤミはテスト用紙に向けていた視線を前に向けた。


「ち」

「!?」


ツナの手が用紙に触れるその瞬間、聞こえた舌打ちと宙を切る紙の音。貰い損ねてしまったテスト用紙を見て、ツナは嫌な予感がした。


「あくまで仮定の話だが……テストで20点台をとって平均点をいちじるしく下げた生徒がいるとしよう」

「ぎくっ」

「あの…っ?」


20点台――…その言葉に、ヤミとツナは互いにびくりと肩を震わせた。理科の教師である根津は、そんな二人に構わずずれた眼鏡を整えながら続ける。


「エリートコースを歩んできた私が推測するに、そういう奴は学歴社会において足をひっぱるお荷物にしかならない」

「(それって……)」

「そんなクズに生きている意味あるのかねぇ?」

「うわ―――っ」


わざとらしくペランとテスト用紙をめくらせた根津のおかげで、ツナの点数「26点」は丸見えに。それを見た他の生徒は笑いながらツナに言った。


「やっぱダメツナか…」


慣れたとはいえ、未だにその言葉はツナの心に鋭く突き刺さる。そそくさとヤミの隣にある席につくツナ。そんな彼の頭を優しくぽんぽんと叩き、ヤミは小さな声で励ましの言葉を紡いだ。


「あんなメガネオジサンの言葉なんて気にしちゃダメですよ。…ほら、あたしも20点台だから」

「うん…(くっそー、根津の奴、本当にイヤな奴だぜ。自分が東大卒だからって勉強できない奴をいつもイジメるんだ)」


何事もなかったかのように再開されるテストの返却。そんな中ツナは心の中で悪態をついていた。―――その時だった。



ガラッ



「…あ、」


後ろ側の扉を通り、堂々と教室に入ってきたいかにも不良な銀髪の少年。ヤミはそいつを視界に入れると、さっきまでの優しげな雰囲気からは一転、殺気さえ感じるほどに彼を睨み付けた。


「獄寺!昨日の勝負の決着つけますよ!」

「ああ?…天宮か。良いぜ。つけてやる」

「こっ、コラ!!お前達は何をやっとるかー!!!」

「「ああ!?」」

「っひ…」


早くもヒートアップしつつある獄寺とヤミの戦い。二人を根津は怒鳴りつけて注意をするが、それは火に油を注ぐ結果となった。情けなく肩を震わせる根津。そんな彼のことはお構いなしに、二人は殴ったり蹴ったりと男女のケンカとは思えないほど派手に暴れまくっていた。ツナを含めたクラスの皆はドン引きである。


「…あっ」


不意に獄寺が小さく声を漏らす。それに反応して、ヤミも動きを止めた。ヤミは頭に疑問符を浮かべる。獄寺は「ちょっと待ってろ」とヤミに言い残すと、一目散にある場所へと向かった。


「ご挨拶が遅れました!おはよ――ございます、10代目!!」

「…え?」

「なっ」

「どーなってんだ!?」


ピシッと揃えられた手に、かっちり90度に曲げられた腰、敬意溢れる口ぶり。獄寺の驚きの行動に、クラスは騒然となった。「ツナと獄寺が友達になった」だとか「寧ろツナが獄寺の舎弟になった」などと皆が口々に言う。動揺してるのは、もちろんヤミもだ。


「(あれ、本当に獄寺なの…!?)」


ヤミがそう思ってしまうのも無理はない。ヤミを含めたクラス全員は、昨日の獄寺の言動や態度を目にしているからだ。ツナの机を蹴ったりツナに思いきりガンを飛ばしていた姿など、今の獄寺を見ていれば微塵も感じられない。一体二人の間に何があったのかを尋ねたい衝動に皆駈られていた。―――ある一人を除いて。


「獄寺…、更正したのね!」


そう言うや否や、ヤミは目に涙を浮かべながらズンズンと獄寺の元(その隣にはツナも)へと近づいていった。その気配に気付いた獄寺は「なんだ?」とヤミを睨み付ける。それに気付いているのかいないのか、ヤミは力強く獄寺の手をとった。


「オイ。なにすんだテメー」

「昨日の弱い者イジメ…、反省したんですね!」

「手ぇ離せよ」

「感動しました!あんなにバリバリ不良だった獄寺が自分一人で更正できただなんて!!」

「(二人の会話が全然一致してね――!)」


ツナの心の中のツッコミも、二人の耳には届かない。一人でべらべらと語るヤミと、うざそうに眉間にシワを寄せる獄寺。なんとも言えない光景に、クラスの皆は引き気味にその様子を見守っていた。しかし、教師がこの授業妨害を許すはずもなく、


「いい加減にしろ!この落ちこぼれ三人組が!」

「三人組って……お、オレも――!?」

「当たり前だっ!!お前達全員退学だ退学―――…」



バキッ



「ぎゃっ!」


根津の顔面を二つの拳が殴りつける。拳の持ち主はもちろん獄寺とヤミだ。勢いで壁に激突した根津は、白目を剥いてその場で気を失った。


「フン…誰が落ちこぼれですか。ていうかあたしの大事な友達であるツナくんを落ちこぼれ呼ばわりするなんて、教師の風上にもおけないです」

「気が合うな天宮。オレも今そう思ったとこだ。10代目を侮辱する奴は誰だろうと許さねー」

「(二人ともオレの名前出すなよ――っ!!)」


―――この日の放課後、まさか学校の校庭を爆破する時がくるだなんて、この時のヤミは思いもよらなかった。






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