居候の少女



「あの…え?今、何て?」

「……だから、行くとこないなら僕の家に来たらどう、って」

「え…!」

「言っとくけど、変な意味は無いからね。これはただの気まぐれだから。気まぐれ」

「へ、変な意味って!」

「人の話を聞けよ」

「ぎゃふん!」


取り出したトンファーで軽く顔面を殴ってやると、少女は大人しくなった。ちょっと良い気味。

―――じゃなくて。それより、なんでこんなことになってしまったんだろう。行くとこないなら僕の家に来たらどうってなんだ。自分で言った言葉だけど、訳分からない。なんでだ。どうしてそうなる。一人悶々と考え込んでいると、少女の顔がいつの間にか近付いていて、不覚にも少し驚いた。


「あの、じゃーお願いしても良いですか」

「は…、」

「いや、だから、行くとこないから貴方のお家に住ませてください」

「え…」

「な、なんで嫌そうな顔するんですか!自分から言っておいて!」

「ああ、そうだっけ」


なんていうか、面倒くさくなってきた。もう良いじゃないか。住む場所を提供してやるぐらい。自分で言うのもなんかアレだけど、僕の住む家は巨大だ。人一人ぐらい増えたってどうってことない。群れることになるのは癪だけど、とりあえず面倒なんだ。この少女といるととにかく何もかも投げやりになってくる気がする。でも、それを考えるのもなんか面倒だ。


「ああ、うん。もうそれで良いよ。僕の家住めば?」

「(なんて投げやりな返事だ…)ではでは遠慮なく。よろしくお願いします」


ご丁寧にも深々と頭を下げる少女だが、僕は無視した。だって面倒だ。面倒だが、彼女はまた何かペラペラと喋っている。とりあえずどうでもいい内容であることは確かだったから、また無視することにした。


「―――それでですね、あたしの名前、天宮ヤミっていうんです」


どくん。その名前を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。頭の中を何かが駆け巡った。どくん、どくん。心臓が大きな鼓動を繰り返している。なに。なんだよ、これ。


「あの、どうかしましたか?」


少女――いや、天宮ヤミと言ったか――が、こちらを心配そうに覗き込んでいる。自分でも分かる。顔色が悪い。この胸騒ぎは一体なんだろう。まるで、忘れていた何かが思い起こされてくような―――…


「………なんでもない」

「そ、そうですか…?」


尚も天宮ヤミは心配そうに僕を見ている。胸の鼓動は、いつの間にか普段通りに落ち着いていた。ほんとに、なんだったんだろう、今のは。


「大丈夫なら、良いですけど…。あの、あなたのお名前、伺っても良いですか?」

「………雲雀、恭弥」

「では、雲雀くん。あたし、雲雀くんのご両親に挨拶をしたいんですが。やっぱり、あなたのご両親に許可をもらわないと、ここに住むことは出来ませんし」


以外と律儀な女だ。さっきは人の家の白米を無くなるまで食べてたくせに。律儀な奴は、嫌いじゃない。だが、


「その必要はないよ」

「え?」


きょとん、と天宮ヤミが目を真ん丸くして間抜け面をかいた。愉快な顔だ。


「どうしてですか?」

「僕には親なんていないからね」

「え…」


今度は顔を真っ青にさせた天宮ヤミ。彼女は表情がコロコロ変わって見ていて飽きない。今更だけど、この天宮ヤミという少女、結構な変わり者だ。まぁ僕も人の事を言えた身ではないけれど。


「す、すみません!嫌なこと聞いちゃって」

「別に嫌なことじゃないからいい」

「は、はあ…。あの、じゃあ雲雀くんって一人暮らしなんですか?」

「うん」

「うわあ…」


一体その頭で何を考えたのだろうか。急にボンッと顔を赤くした天宮に、首を傾げる。なんか、変なこと考えてるんじゃないだろうね。


「雲雀くんが一人暮らしってことは、これから私達二人きりで同棲するってことだよね……ぎゃふん!」

「ちょっと、なに気持ち悪いこと考えてるの」


再びトンファーを取り出して頭を殴ってやる。天宮は頭を押さえて「しゅ、しゅみません…」と蚊の鳴くような小さな声で呟くように言った。早くも頭に巨大なたんこぶが出来上がっていたが、知ったこっちゃない。


「君、僕の家に住むなら、それ相応の見返りがあっても良いよね」

「はえ?見返り…?」

「この家の家事、全部君に任せたよ」

「え…えぇッ!?」


今度はぎょっと目を見開いた、驚きの表情。ほんとに見ていて面白い。驚くのも無理はないと思うけど。


「この大きな家の家事全部ですか!?」

「うん」


さっきも言ったが、この家は巨大だ。並盛一と言っても過言ではない。その家の家事全部となれば、相当苦労するはずだ。でも、僕の家に住むからにはそれぐらいはやってもらわないと。ただで住ませてやるほど僕は優しくないからね。


「じゃあ、よろしく」

「ええ…!」



 ◇



「お待ちどうさまです!」


ばーん!という効果音がつきそうなぐらい自信満々に、天宮は玉子かけご飯と目玉焼き乗せハンバーグと玉子スープとゆで玉子を机の上に並べた。いや、確かに見た目は美味しそうだけど、何故に玉子だらけ。


「どうぞ、召し上がってください」

「…………」


キラキラとした眼差しを向けられ、渋々、というほどではないが、少し躊躇い気味に箸を握った。ハンバーグを一口サイズに切り分ける。口に運んだ。


「…!」

「どうですか?美味しいですか?」

「ま、不味くは、ない…」


嘘だ。本当はすごく美味しい。だけど、なんとなくそれは言いたくなくて、遠回しな言葉で片付ける。それでも、彼女にとっては充分な褒め言葉だったようだが。


「ほんとですか!?嬉しい!実はあたし、料理には自信があったんです!」


きゃーきゃーとはしゃぐ天宮を尻目に、玉子スープをすする。うん。これもなかなか美味しいじゃないか。

―――時は夕飯時。雲雀はヤミを自分の家に住まわせる見返りとして、早速彼女に夕飯を作らせた。その結果は見ての通り上々で、雲雀は満足気に一人小さく笑みをこぼす。ヤミに家事を全て任せる、いわばこの家の小間使いとさせた甲斐はあったようだ。


「…ねえ、君」

「はい?なんでしょう」


雲雀は玉子かけご飯を頬張り、ヤミもまた自らが作った玉子スープをすすり、お互いもぐもぐと咀嚼を繰り返しながら話す。


「君、事務処理は得意?」

「得意…かどうかは分かりませんけど、そういう作業は嫌いじゃありませんよ」

「ふぅん…、まあ、今の風紀委員よりはマシか」

「?」


ヤミは頭に疑問符を浮かべる。が、今は食べる方が優先だと考え、あまり気にしないことにした。


「――君、明日から学校に通いなよ」

「え…」


またも突然の発言に、ヤミは握っていた箸をぽとりと落とすことしか出来なかった。






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