Happy Birthday


ちょっと優しい恭弥君と私



「よしっ」


全身鏡に映る自分の姿にガッツポーズをとってみせる。昨日の晩に悩みに悩んだ末決めたお気に入りのフレアスカートがふわりと揺れた。髪も早起きしてしっかり整えたし、お化粧もまた然り。イタリア語の本が開きっぱなしで置いてあるデスクの上からバックを持ち上げて肩に掛けた。腕時計で時刻を確認すれば、ちょうど午前10時10分前。そろそろ行かなければ。


「行ってきます!」


緩む頬をおさえることもせず、私は元気よく玄関のドアを開けた。






鼻歌混じりで私がやってきたのは、少々廃れ気味の近所の神社だった。そわそわしながら拝殿へと続く階段を登る。運動不足の私には長い階段は少し辛いけれど、逸る気持ちをおさえきれず次第に足取りは速くなっていった。


「恭弥君!」

「…名前」


真っ黒なスーツに身を包んだ彼の姿を見つけ、私は真っ先にそこへ駆け寄った。途中で石畳の隙間に足を引っ掛けてしまい転びかけるが、その胸に抱き止められて事なきを得る。


「きょ、恭弥君久しぶり……いだっ」

「危なっかしいから走ってこないでくれる?」

「あはは、恭弥君ってば相変わらず愛が痛いなぁ、…いたたたた!」

「……君も懲りないね」


ぐぐぐ、と力強く(彼は手加減しているつもりだろうが)鼻を引っ張られて思わず涙が滲んだ。かれこれ十年の付き合いなので痛みには馴れているが、それでも痛いものは痛い。それに、ただでさえ低い鼻がひん曲がってしまったら一体どうしてくれるんだ!


「…その時は僕のお嫁さんにしてあげるよ」

「えっ、ええ…!?なんでそうなるの」

「今より顔が酷くなったら他に貰い手なんて無いだろ?」

「それ遠回しに私のことブサイクって言ってるよね……」

「ストレートにそう言ってるつもりだけど」


容赦ない言葉の刃に貫かれ、私のヒットポイントはごっそりと削られた。ひ、ひでぇ…。いくらなんでも言い過ぎじゃありませんかね恭弥君。とても恋人のセリフとは思えない。しかも、仮にも恭弥君は一目惚れした側の人間であるというのに。まぁ、いちいちこんな事に目くじらを立てていては彼の恋人なんて務まらないのだけど。我ながら自分の懐の大きさに脱帽である。


「…そういえば、名前。君スカート短すぎない?」

「えー、そうかな。膝よりちょっと上なだけだよ」

「……短い」

「もー、今日だけは許してよ。せっかく久しぶりに恭弥君に会えたんだから、少しはお洒落したかったの!」

「…………フン」

「痛いっ!」


げしっと足を蹴られる。出たな恭弥君の照れ隠し!十年経っても見事にこれは健在である。おかげさまで私は石頭になってしまったのだが、まぁそれは今は置いておくとしよう。

恭弥君は私の手を引っ掴むと、何の躊躇いもせず神社の敷地内に鎮座している燈籠に向かっていった。私もそれに小走りで付いていく。そしてもう少しで燈籠に激突しそうになったその時、景色がフッと違うものになった。


「…わっ、これほんとすごいね?どんなカラクリなの」

「秘密だよ」

「えー」


薄暗い神社から一変して、周りの風景が突然純日本風のお屋敷のようになる。この恭弥君のアジトには何度か足を踏み入れたことがあるけれど、まだまだ分からないことだらけだった。

恭弥君は、巨大マフィアボンゴレファミリーの幹部であると同時に、とある秘密地下財団のトップでもある。今はその総力を持ってしてこの世の七不思議なるものを調査しているらしく、世界中を飛び回っているみたいだ。おかげでただの一般人である私と会える機会は昔よりもうんと少なくなってしまっているけど、だからといって寂しいだとか何だとか言って彼を困らせるつもりはない。重い女、だなんて思われたくないもの。



「…あのね、今年も恭弥君の誕生日プレゼント、用意したんだ」

「へえ」


私のパンプスと恭弥君の革靴が、誰もいない通路に無機質な音を響かせる。以前よりも短くなった柔らかな黒髪を靡かせながら、恭弥君がこちらに目を向けた。ちらりと姿を覗かせた寂しさを表に出さないように、笑みを作って話題を逸らす。せっかく久しぶりに会えたのだ、悲しいことなんて考えたくない。バックの中に大切にしまいこんだそれを取り出して、少しドキドキしながら彼に手渡した。毎年のことではあるけれど、どうにもこの緊張には馴れることができない。


「た、誕生日おめでとう。恭弥君…」

「うん」


プレゼントが入った紙袋を手首にかけて、恭弥君が小さく屈んだ。首元に手をかけられて、私がぴくりと震えたところで、額に柔らかい感触。恭弥君の、くちびる、だ。


「…っ」

「ありがとう、名前」


不意に見せた優しい微笑みに、目眩のような感覚を覚えた。…あー、もう。反則だよ。カッコいい。私が少しアプローチしただけで照れ隠しという名のトンファーを振るってくるくせに、こっちの気がちょっと緩んだと思ったらすぐこれだ。なんてズルい奴。ていうか、ここ部屋でも何でもないアジトの地下通路なんだぞ。もしも恭弥君の部下でも通りかかったらどうするつもりなのか。恥ずかしさで死ぬわ、私が。

一人顔を赤くさせていると、突然恭弥君がぐっと顔を近付けてきて、思わずぱちくりと目を瞬かせてしまう。いつもであれば、お礼の口づけを貰ってそれで終わりのはずなんだけど。自然な動作で左手を取られ、さらに瞬き。しつこいようだがここは通路のど真ん中である。こんな堂々とイチャつく場所ではない。


「きょ、恭弥君…?」

「………じゃあ、僕からも君にプレゼントをあげよう」

「は?い、いやでも今日は恭弥君の誕生日で…」

「拒否は認めない。受け取って」

「えっ、え?あの、」


どこからか取り出されたリングを薬指に通され、私は戸惑うことしか出来なかった。いや、いやいやいやいやいやいや。指輪って何。左手って何。薬指って何。いやいやいや!えっ、なんなの、なんなのこれ!いや、え、え…?

頭のどこかでその意味が理解出来ているからこそ、混乱が隠せない。見るからに困惑しきっている私を見て、彼はムスッと眉間にシワを寄せるとついさっき口づけたそこにきつくデコピンをかましてきた。


「い゛っ」

「…少しは嬉しそうにしたらどうなの、君」

「だ、だって突然で…。っていうか、えぇ…!?なんで、こんな…」

「なんで?そんなの言わなきゃ分からないわけ?」

「………分かんない」


額をおさえ、俯く。勿論、今の言葉は嘘だ。いくら私が鈍いからといって、ここまでされて何も分からないはずがない。けど、それでも、彼の口から聞きたかったのだ。こんな時ぐらい、ワガママ言ったってバチは当たらないでしょう?



「君が、好きだから」

「ずっと君と一緒にいたいから」

「愛してるから」



囁かれた言葉、真っ直ぐな瞳。きゅう、と苦しいぐらいに胸が締め付けられた。一気に溢れ出した涙が頬を伝って、せっかく丁寧に施したお化粧が崩れてしまう。これまでにだって何度も聞いたことがある言葉なのに、こんなにも嬉しかったのは初めてだった。感極まって勢いよく飛びついた私を、恭弥君が優しく包み込んでくれる。


「う…っ、うえええええん」

「泣き顔酷いし、鼻水垂らさないでよ名前」

「う゛るさい゛バカ恭゛弥ァ――!」


こんな時でもいつも通り辛辣な恭弥君なのに、それでも私の体に回された腕が言葉とは裏腹に暖かくて心地好いものだから余計に泣けてきてしまう。おまけに涙と鼻水でぐじゃぐじゃになったこの顔のおかげで、雰囲気も何もあったものではない。せめてここがもっとムードのある夜景の綺麗なレストランだとかそういう場所であったならまだ救いようがあったのに。何だって恭弥君はこんな場所(地下アジトの通路ど真ん中)をプロポーズ場所に選んだのか。


「そんなことを気遣う優しさが僕にあるとでも?」

「…言った私がバカだったよごめんね……」


恭弥君の胸元に顔を埋めたまま、頬を涙で濡らしたまま、肩を小さく震わせて笑う。恭弥君が怪訝そうに私を見ているのが見なくても分かった。それがまたとても可笑しい。

――そう、そうなんだ。私が好きなのは、暴力的で理不尽で、意地悪で、ツンギレ気味で、女心なんてちっとも分からない(ていうか理解しようともしない)、そのくせ意外と照れ屋な恭弥君。気遣いの「き」の字も知らないような、でもちょっぴり優しい、私の大切な人。


「…それで?返事は?」

「拒否は認めないんでしょう?」

「もちろん」

「ふふ、私はそんな恭弥君が大好きだよ」

「…知ってる」


再び降ってきた口づけの雨を、私はめいっぱいの幸せを噛み締めながら受け止めた。















――のを、十年来の雲雀恭弥の部下である草壁哲矢は目撃していた。


「恭さん…!!ついにゴールインされたんですね…!」



end
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