Happy Birthday


意地悪な雲雀君と私



なんだか自分でもよく分からないうちに雲雀君と付き合うことになってから、早数ヵ月が経っていた。慣れというのは恐ろしいもので、気付けば雲雀君と話したりするのに緊張することはなくなった。廊下で擦れ違えば気軽に挨拶もするし、時たま屋上で一緒にお昼寝をすることだってある。並盛最強と名高い彼の恋人なんて恐れ多いことこの上なく思っていたが、案外順調に毎日を送れていた。照れ隠しで殴られることも減ってきたし、私もまぁ今では少なからず雲雀君に好意を抱いていたりする。

それでも、問題が何も無いということではないのだけど。




「こっ、今度は何の用!?」

「別に何の用もないけど」


息を荒げた私の問いに、雲雀君はさらりと何の悪気もなしに答えた。現在の時間、午前11時ちょっと前。言うまでもなく授業の真っ最中である。そんな頃に突然放送で応接室に呼び出された私はダッシュでここまでやってきたわけだが、これは一体どういうことであろうか。しかも一度目どころではない。昨日も一昨日もその前も、ほぼ毎日だ。


「用事なんていらない。僕が君に会いたかったから呼んだだけだよ」


先程と同じ流れでまたさらりと言ってのけた雲雀君に、頬がカッと熱くなる。私は、こんな言葉に弱い。文句を言ってやろうと思っていた気持ちがみるみるうちに萎んでいく。顔を合わせる度に恥ずかしがってトンファーを取り出していた雲雀君は(あれはあれで困るが)どこにいってしまったのだろうか。顔を赤くさせている私とは対称的に、雲雀君はいつも通りの無表情、いや、うっすらと笑みさえ浮かべている。人が恥ずかしがっているのを見て笑うだなんて、可愛げも何もあったもんじゃない。


「今の授業、3Aは総合学習だろう?そんなものサボりなよ」

「…………」


風紀委員長としてあるまじき発言である。とはいえ今更彼に常識をどうこう言っても仕方がないので別につっこまない。私は大人しく応接室に備え付けられている革張りのソファに座った。なんだかんだと言いつつ結局いつも断りきれずに授業をサボってしまう。おかげで私の今学期の通知表は授業態度の欄に×がついてしまうだろう。でも、それでも、私だって雲雀君と一緒にいるの好きなんだもん。


「…不細工な顔」

「んむ」


なんだか悔しくて頬を膨らませていたら、近寄ってきた雲雀君が風船のようになっているそこを片手で両側から潰してきて、ぷすっと間抜けな音をたてて空気が抜けた。そのまま頬を押し潰してくるものだから、アヒル口どころかタコのような余計に不細工な顔になる。


「んむむむー!むー!」

「なんて言ってるのか分からないよ」


空いている方の手で口許をおさえて喉を鳴らして笑う雲雀君。私にしか見せてくれない、優しい顔。また顔が熱くなる。本格的に茹でダコみたいになってきた。もう、これだから美形は!その麗しいお顔に唾でも吐いたろか!(と思ったけど後が怖いのでやらない)

そんな馬鹿なことを考えていると、雲雀君が先程とは違う、それはもう悪どい笑みを浮かべてこちらを見てきていることに気付いた。…うん、嫌な予感しかしない。


「ねえ、名前。キスしてみせて?」

「!!?」


案の定とんでもないことを言い出した雲雀君に、私はタコ顔のまま声にならない叫びをあげた。ええええ、ちょ、なんで急にそうなるの!?そりゃあ雲雀君が突発的なのはいつものことだけど!いつものことだけども!

ちなみに、私のファーストキスなるものはすでに雲雀君に奪われている。が、それは雲雀君からのものばかりなので私からなんてやったことない。そんな、私からなんて、無理、恥ずかしい、死ぬ。


「できなかったら名前の今学期の通知表はオール1だから」

「鬼畜!!」


恐ろしいことに雲雀君は教師達をも掌握しているので無理な話ではない。彼はやると言ったらやる男だ。授業態度の欄どころの話じゃなくなったよ!私これでも受験生なんだからそんなことをされては一溜まりもない。ジ・エンドである。


「ほら」


私の頬を潰していた手を離すと、雲雀君はゆっくりと目蓋を閉じた。……これは、やるっきゃない。ごくりと唾を飲み込んだ。

ニキビ一つない色白な肌。真っ直ぐに通った鼻筋。長い睫毛が縁取る鋭い目は、閉じられているためか普段よりもずっと無防備に見える。腹が立つほどに整った顔を目の前にして、心臓が激しく脈打った。

…大丈夫、一瞬だけ、唇をくっ付ければいいだけなんだから。


「い、いくよ!」

「ん」


私よりも高い身長に届くように爪先立ちをして、目を閉じる。そして、おそるおそる雲雀君の唇に口付けた――…



「!」

「!?」


ふもっ。唇に伝わった感触に私はぎょっと目を見開いた。それは雲雀君も同じだったようで、珍しく呆けたような顔をしている。視界に入るのは、柔らかいクリーム色のふわふわした物体。


『ヒバリ!ヒバリ!』

「ひ、ヒバードちゃん!?」


さらにぎょぎょぎょっと慌てて私が後退りすると、雲雀君と私の唇の間に挟まっていたヒバードちゃんは軽快な動きで天井近くを旋回し始めた。

ぽかん。まさにそんな感じだった。何が起こったのかがよく分からなくて、呆然としてしまう。

…ええと、これってつまり。


「私も雲雀君もヒバードちゃんにキスしちゃったってこと?」

「…………」


うわぁ雲雀君の眉間に皺が!あからさまにムスッてなってる――!しかもヒバードちゃん飛びながら校歌歌ってて心なしか機嫌良さそうだし!なんて恐れ知らずな子なの!尊敬するわ!ってかヒバードちゃんいつから応接室にいたんだ!


「って、ああああ!!ヒバードちゃんにデコピンしようとしないで雲雀君!ヒバードちゃん死んじゃうから!」

「トンファーで殴らないでおくだけマシさ。名前、離して」

『ヒバリ!ヒバリ!チュー、デキナカッタ!ヒバリ!ヒバリ!』

「ヒバードちゃんなんで雲雀君の怒り煽ってんの!?」


――そんなこんなで、意地悪な雲雀君の思惑はヒバードちゃんによって見事に阻止されたのであった。めでたしめでたし(?)
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