小春さんへ


―――その日、並盛中では毎年恒例の文化祭が行われていた。校庭は出し物の宣伝などで賑わい、校舎内は焼きそば屋やチョコバナナ屋などの出店からお化け屋敷まで、様々な種類の出し物が建ち並んでいる。校内は言わずもがな、生徒やらお客さんやらでごった返し状態だ。

そんな校内の一角、一人の少女がぽつんとつっ立っていた。彼女の名はクローム髑髏。クロームは今日、大切なファミリーであるツナ達の出し物を目にしようと、はるばる隣町からやってきた。が、お目当てのツナのクラスは見つからず(校舎は跡形もないぐらいに装飾が施され、どこがどこなのか分からない)、挙げ句の果てには一緒に来ていた仲間の犬と千種ともはぐれてしまった。簡潔に言えば、そう。クロームは迷子になってしまったのだ。

クロームは困り果てていた。周りは知らない人ばかり、人見知り気味の彼女には話しかけて道を尋ねることも出来ない。どうしよう――…途方に暮れたクロームは、人混みから逃げるように後ろに一歩下がった。


「あっ!」

「うわっ」


背中に走った鈍い衝撃。どすん、と背後で何かが倒れた音がした。咄嗟に後ろを振り返る。クロームの視界に映ったのは、鮮やかな赤色の髪の毛だった。


「こ、古里、炎真…」


地面に尻餅をついて「いてて…」と腰を擦るのは、先日クロームが所属する10代目ボンゴレファミリーと激戦を繰り広げたシモンファミリーのボス、古里炎真だった。


「ご、ごめんなさい!私、ちゃんと後ろ見てなくて…」

「い、いや!僕もぼうっとしてたから!き、気にしないで!」


その本来からの気質なのか、二人はあたふたと半分怯えたように話す。その小さい声は、周りの騒々しさに今にも掻き消されそうだった。


「あ、あの…もしかして、ツナ君のとこ行くの?」


炎真のその言葉に、クロームは真ん丸の瞳を僅かに見開いた後、こくりと小さく頷いた。すると、炎真は下ろしていた腰を上げて、恥ずかしそうに頭を掻く。


「その、良かったら…案内、させてくれないかな……あの時のお礼に」


あの時―――それは、D・スペードとの戦いの際にクロームが炎真に霧のシールドを張ってXバーナーのダメージを軽減した時の事だった。あの時クロームが自らの命を張ってまでシールドを張ってくれなければ、炎真はXバーナーをまともに喰らい、今ここにはいられなかっただろう。その事を思い出したクロームは、炎真に向かって小さく微笑んだ。


「……ありがと」


その笑みにほんのり頬を染めつつも、炎真はクロームの歩幅に合わせて、ツナのいるクラスに向かいだした。




 ◇



「…………」

「…………」


ざわざわとした人混みの中、やや小さい背格好の二人が無言のまま廊下を進んでいく。今二人がいるのは一階の昇降口近く。ツナ達のクラスは四階にあり、ここからは遠い。二人はひたすら、無言だった。

そして、そんななんとも言えない空気に、炎真は戸惑っていた。このまま目的地にたどり着くまで無言なのか。クロームも自分と同じようにこの空気にいたたまれなく思っていないだろうか。せっかくクロームにお礼をしようと思ったのに、これで良いのだろうか。こんな時、女慣れしているジュリーなら気の効いた言葉を紡げるのだろう。しかし生憎、炎真はアーデルハイト意外の女子とはほとんど喋ったことがなかった。なんて、絶望的状況――…!


「あの…」


先に口を開いたのは、クロームだった。突然話しかけられたせいか、炎真の肩が情けなくビクリと震える。炎真はクロームのいる背後を振り返り、小さく口を開いた。


「どうしたの、…!」


びしっ。炎真の顔に向かって指された、白く細い指。炎真はもう一度肩を震わせた。炎真は少々臆病な性格なのである。


(…ん?あれ……)


ところで、どうして自分は指を指されているんだろう。顔に何か付いているのか?疑問の意味を込めてクロームに視線を送るも、クロームはただじーっと炎真を指差し続けるだけだった。さらに微妙な空気が漂い、とうとう炎真の額に汗がひとしずく。何故だか炎真は泣きたくなった。


「………あの、」

「傷、痛くないの?」

「え?」


いたたまれない空気に耐えかねて、とうとう炎真が口を開いたその時、綺麗にクロームの言葉がそれを遮った。っていうか、今、なんて?傷、痛くないの?傷って?―――ああ、これのことか。なんとなしに、炎真は頬に貼られたガーゼを撫でた。これは確か、昨日付けられた傷。その隣のは一昨日だっけ?炎真はいじめられっこだったから、こんな傷が付くことは割としょっちゅうある。珍しくもなんともない。でも、クロームにとってはそうじゃなかったんだろう。―――っていうか、


「な、何してるの?」


ぺりり、と、クロームが炎真の頬に貼られたガーゼを剥がしていく。何故?いや、ほんとに、何故?この子は一体何がしたいの?もしかして、しとぴっちゃんと同種なの?そんなちょっぴり危うい方向へ思考が傾き始めたその時、クロームがまた口を開いた。


「骸様が言ってた」



ぺろっ



「傷は舐めとけば直るって」

「え…」

「……ボスの教室、ここだよね。…ありがと」


ぱかぱかと来客用のスリッパを鳴らしながら、クロームは教室に入っていった。因みに、ツナのクラスの出し物はお化け屋敷。クロームはお化けの類いが平気なのだろうか。普段ならそんなことを考えるであろう炎真だったが、生憎今はそれどころではない。

―――頬が、熱い。何故、なんて、考えるだけ野暮だった。彼女の唾液に濡れた頬が、溶けてしまいそうな、そんな気がした。



口づけには届かない
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