百合さんへ


カーテンの隙間から差し込む光に目を覚ました。耳に心地よい、包丁がまな板を叩くリズミカルな音が聞こえる。寝起きでいくらかぼんやりとした視界のまま、布団を抜け出して寝室の扉を開けた。

ダイニングに着けば、隣接するキッチンに見慣れた後ろ姿を見つける。雲雀はぱたぱたとスリッパを鳴らしながらそこへ近づくと、その背にのし掛かるように抱きついた。


「うわ、ちょっと、包丁持ってるんだから危ないよ」

「…うん……」


まともに聞いているのかいないのか。返事はしたものの、雲雀が体を離してくれる様子はない。仕方なしに、名前は雲雀を背に引っ付けたままトマトを手頃なサイズにカットしていく。チン、という音とともにトースターの口からこんがり焼けた食パンが飛び出した。


「今日の朝はパン?」

「普段は和食だから、たまには良いかなって」

「うん。なんだか、急にパンが食べたくなってきたよ」

「それは良かった」


レタスとキュウリとトマト、ハムを皿に盛り付けていく。それから、前に知り合いの赤ん坊から貰ったコーヒーメーカーを使って、雲雀の目が覚めるようにとカフェインたっぷりのブラックを淹れて手渡した。


「…苦い」

「目は覚めた?」

「うん」


「…おはよ、恭弥」

「おはよう」


それじゃあ、朝ごはん食べよっか。名前の言葉に頷いて雲雀は席につく。朝の彼は比較的素直だ。名前も冷蔵庫からサラダにかけるドレッシングを取り出して、テーブルに向かった。






「このパン、おいしいね」


マーガリンとジャムを塗った食パンにかぶりついたあと、雲雀がぽつりと言った。見た目からしてスーパーで売っているようなものではなかったが、基本的に舌が肥えている彼が、名前の手がほとんど加えられていない食材そのものの味を褒めることは珍しい。


「あ、分かる?」


フライパンで軽く火を通したウィンナーをこくりと飲み込んで、名前は得意気に微笑む。


「京子ちゃんが教えてくれたの。すっごくおいしいパン屋さん」

「へえ」


相槌を打ち、雲雀はまたパンに口をつけた。さくり、小気味の良い音がする。その背後で、BGMの役割を果たしている朝のニュース番組のアナウンサーが、これから出勤する社会人達に向けて「いってらっしゃーい!」なんて明るく笑って言った。




『ヒバリ!ヒバリ!』


半分開けておいたキッチンの小窓から、ぱたたたと元気の良い羽音がやってくる。今日も高く愛らしい声で鳴く柔らかい黄色のそれは、雲雀のサラダが盛られている皿の縁にとまった。


『ヒバリ!ゴハン、ヒバリ!ヒバリ!ゴハン!』

「……これは僕のパンだよ」

「少しぐらい分けてあげたら?」

「む、」


眉間に小さく皺を寄せて、けれど結局自分のパンをちぎる雲雀。なんだかんだで小動物には優しいその姿に、名前はぷっと吹き出した。すぐさま鋭い視線を向けられるが、知らんぷり。こんなことは日常茶飯事で、もうとっくに馴れていた。




「ね、恭弥」

「ん?」


頬杖をついて、自分でも気持ち悪いんじゃないかと思ってしまうぐらいににまにまと笑いながら名前は雲雀に話しかけた。雲雀は、最後の一つのトマトを口に放り込む。


「幸せだね」

「…ん」


テーブルの上で、ヒバードがまたエサをねだって鳴いた。




それは優しい朝の時間
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