小枝様へ


「…ハル」

「は、はひ…」

「君、今日何回転んだの」

「はひ………8回、です」


―――僕の彼女は、アホである。

8回、という数を聞いて、思わずこっちが転んでしまいそうになった。何をどうやってどう馬鹿なことをしたら一日に8回も転ぶのだろうか。一日に8回も転べるなんて、逆にすごいんじゃないかと思う。しかも、仮にも彼女は新体操部でそこそこに活躍してる生徒でもあるのだ。それが何故、ここまで器用に何回も転べるんだ。


「アホだね。君って」

「はひー…獄寺さんに言われるとムカつきますけど、あんまり否定できないです…」


しゅん、と項垂れる姿はまるで飼い主に怒られた犬みたいだった。他の男の名前が彼女の口から出てきたのは気に入らないけど、僕は彼女のこういう動物みたいなところが結構好きだったりする。


「…草壁、今すぐ消毒液と絆創膏を持ってきて」

「へい。分かりました、委員長」


部屋の隅で控えていた草壁が出て行って、僕とハルだけになった。尚も彼女は悲しげに俯いている。まったく、いつまでそうやって落ち込んでいるつもりなのか。まぁ、落ち込ませたのは僕なのだけど。そんなことを考えつつ、小さく溜息を漏らしながらハルに近寄る。すると、ぴくり、とハルの肩が震えた。


「ヒバリさん…」

「ほら、いつまで下向いてるつもり?顔を上げなよ」

「ぅ…」

「ハル?」


どうにも様子がおかしい。いや、彼女の様子がおかしいなんてことは、わりとしょっちゅうあるのだが。それでも、何かが変だ。いつもだったら、こんな悲しい感じはしないのに。

もう少し近づいてよく見れば、細い肩が小さくぷるぷると震えていて。ああ、泣きそうなんだ、この子は。と、今更ながらに気付いた。


「どうしたの、ハル」

「…き、…わ、ちゃ……」

「うん?」


「こんなにアホだと、ヒバリさんに嫌われちゃいます……」


ぼろぼろぼろ、赤みがさした頬に透明な涙が伝っていく。――なんだ、そんなことか。そう思って、小さくクスリと笑みがこぼれる。これだから君は、アホなんだよ。ハル。


「僕が君を嫌う?…冗談も大概にしなよ」


できるだけ暖かく、不器用な僕に出来る精一杯の優しさを込めて呟くように言う。「え…」と、ハルがほんの少しだけ顔をあげた。その瞬間を見計らって、ハルの顔に自分の顔を近づける。


「君のアホなところも、ドジなところも、全部全部大好きなんだよ、僕は」

「は、ひ…!」

「僕は君を嫌ったりなんかしないよ、ハル」

「!…は、はい!ハルも、ヒバリさんが大好きですっ!ぜーったい嫌ったりしません!」


明るくそう言ったハルの笑顔も、さっきの泣き顔も、全部全部好き。だって僕は、ハルの全部に惚れてしまったのだから。



君の好きなところ
(あいらびゅーです!ヒバリさん!)
(君って本当に、能天気そうでいいよね)
(はひ!?それどーゆー意味ですか!?)
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