百合さんへ


『くしゅんっ!』


ああ、これだから季節の変わり目ってやつは嫌いなんだ。


「大丈夫?さっきからおまえ、ずっとくしゃみしてるじゃん」

『大丈夫だよ。ありがとうツナ』


―――いや。本当はあんまり大丈夫じゃないんだけど。かんでもかんでも、止めどなく出てくる鼻水が恨めしい。鬱陶しくてたまらないんだ。

季節は秋。夏の暑さの余韻と、冬の寒さを先取りしたものが一緒になって訪れるこの季節は、皆こぞって体調を崩す。その中にまんまとはまってしまった私は、三日ほど前から鼻水が止まらなくて。それは箱ティッシュを常に持ち歩かなければいけないほどに酷かった。


『あー、もう。風邪なんて大嫌い!…っくしゅん!』

「フツー風邪なんてみんな嫌いだって……って、うわ!!」

『うん?どしたのツナ………あっ』


目の前に映ったのは、真っ白いワイシャツ。そこにはぽつぽつと細かい水玉のシミが浮かんでいて、それが瞬時に私が飛ばしてしまった鼻水だと知る。思わず血の気が引くのを感じながら、ゆっくりと視線を上げていき、ワイシャツを着た人物の正体を確かめる。そして―――…


『ひ、雲雀さん――!!!』


私がそう呟くとほぼ同時、ひぃ…と隣でツナが息を飲んだのが分かった。なんだか嫌な予感がして、咄嗟にツナのいる方向を見るけど、


『あ、ちょ!ツナ…っ!!』


ビューンとものすごい速さで(普段は足すっごく遅いのに!)逃げ去るツナ。その場にぽつんと取り残された私は、後ろに立っているであろう並盛最強の人物の方に視線を戻すことも出来ずに、ただツナが走り去っていった方向に小さく手を伸ばしていた。


「…………」

『…………』

「…………」

『…………』


き、気まずい…っ!なんなのこの状況!なんか話しかけづらいし、でもちゃんと謝らなきゃだし、でもでも時間経ったら余計謝りづらくなっちゃったし!

一人悶々と雲雀さんに背を向けたまま考え込んでいる間にも、時間は刻々と進んでいく。雲雀さんはどんな顔してるんだろう。怒ってるかな?ううん、絶対怒ってる!だって私のきったない鼻水かけちゃったんだもん!怒らないはずがないって!況してやあの雲雀さんだし、このままじゃ絶対咬み殺される!いっそ土下座でもしちゃう?いやいや、そんなんじゃ全然足りないかも―――…


「…君、」

『!! ひぃ!か、咬み殺さないで!』

「……君、風邪ひいてるの」

『そうなんです風邪ひいてるんです鼻水止まらないんです、すみませんっ!………………え?』

「なら、体温かくして家で大人しくしてなよ。治るものも治らなくなるよ」

『え、あ……ありがとうございます…?』


あれ、これって心配されてる?なんで?雲雀さんって最強最恐最凶の極悪不良風紀委員長って噂で聞いてたんだけど――…もしかして、思ってたよりも良い人だったり?

…………。


「…じゃあ、またね」

『っあ、あのっ…!!』

「?」

『鼻水かけちゃってすみません!!』


ぺこり、深々と頭を下げて、大袈裟なぐらいに大きな声でお詫びする。雲雀さんが良い人なんだって考えたら、今までの気まずさとか戸惑いとかはどこかに飛んでいってしまって。素直に謝ることができた。考えてみれば、相手が悪人だろうと善人だろうと当たり前のことだったんだけど。


「……君、変だね。思ってたよりも」

『なっ!!………ん?思ってたより?』

「…じゃあ、僕はもう行くから。―――またね、名前」

『えっ…』


ドキン――…思ってたよりもずっと優しい声で名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく跳ねたような気がした。どうして名前知ってるんですか、なんて質問は、突然襲いだした胸の苦しみのおかげで言葉になることはなくて。パクパクと金魚か何かのように口を閉じたり開いたりを繰り返すことしか出来なかった。


「クス……どうしたの、顔真っ赤だけど」

『ぁ…』


一瞬、ほんの一瞬だけ、雲雀さんが笑った。形の良い唇を小さく緩めて、鋭い目を細めて、本当に一瞬だけ。そんな雲雀さんの表情を見た瞬間、また心臓がドキドキして、胸が苦しくなって。

―――ああ、一目惚れしちゃったんだ。

自覚すれば多少は胸の苦しさは緩んだけど、今度は頬が尋常じゃなく熱くなった。私、きっと顔真っ赤だ…!……いや、さっきから充分赤かったんだし、今はもっと赤いかも?………うわわ!は、恥ずかしいっ!


『ひ、ひひひ雲雀さん!私も、おいとましますー!鼻水のことは、ほんとにごめんなさい!あ、あの、えっと、今度お詫びにクッキー焼いて応接室に持っていきますから!それではー!』


さっきのツナの如くビューンとものすごい速さで(体育の時の記録を大幅に塗り替えた気がする!)走り去る。あわわ、雲雀さんどんな顔してるだろう。クッキー焼いてきますー、なんて言い逃げしてきちゃったから、きっと困ってるよね。…………ん?クッキー?


『…………』


きゃああああ…!私ったらどさくさに紛れてなんてことを!しかも応接室に届けますって!届けますって!どんだけ図々しい発言しちゃってんの私のおバカー!


『ばかばかばかーっ!』


一人そう叫びつつも、また雲雀さんに会える機会が得られたことを嬉しく思う私なのでした。


―――この3日後、まさか雲雀さんと付き合うことになるとは、私はまだ夢にも思っていない。



へっくしゅん!
始まる恋と 風紀委員長
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