百合さんへ


『わたし、生まれつき体が弱いんです』


そう、笑って言った彼女の声を、今でもはっきりと覚えている。心臓が弱いという彼女の体は、中学生という若さとは思えないほど痩せこけていて、肌は日の光を知らない風に蒼白かった。決して、美しいとは言えない容姿。それでも、彼女の微笑みはまるで天使のようだと僕は感じていた。何故、なんて、答えはもう分かっていた。


「名前っ!名前――っ!」


僕の隣で、彼女の母親がベッドにもたれ啜り泣いている。僕の瞳からは涙は一粒だって溢れることはなかった。何故、なんだろう。これは、分からない。

ぽとり、と僕の手から滑り落ちた小箱の中から、シンプルなデザインのネックレスが飛び出す。彼女に渡そうとしていたネックレスも、もういらなくなってしまった。胸に溢れんばかりに溜まっていたこの想いも、行き場をなくしてしまった。


(ああ――…)


蘇るのは、彼女の太陽のように暖かい微笑み。心の中に潜む闇さえも照らしてくれる、美しい光。大袈裟かもしれない。でも、その表現が一番しっくりとくるような気がした。


「…………」


そっと、手を伸ばす。触れたのは、柔らかく、ひんやりと冷たい、彼女の頬。どうして―――…あの時は、あんなにも触り心地のよい頬だったのに。今触れているのは、まるで人形のような無機質なもの。


―――ねえ、君はどこに行ってしまったの?


初めて会った時。外出許可が出て、二人でデートに行った時。病室でたわいもない話をした時。いつだって彼女は笑顔だった。だから、また、笑ってほしい。太陽の笑顔を見せてほしい。なのに、なのに―――…


名前はもう、二度と笑わない。


今日は僕らにとって特別な日だった。今日は僕ら二人が出会った日で、名前の誕生日だったから。そして僕は、今日という特別な日に、名前に伝えなくちゃならないことがあった。だけど、間に合わなかった。


「名前……」


冷たくなってしまった名前を抱き寄せる。いつもだったら優しく抱き返してくれるその腕は、行き場をなくしてだらりと下に垂れた。それがなんだか悲しくて、瞼の裏がジンと熱くなった。


「………名前、」


―――お願いだから、もう一度笑って?



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