02


朝。窓から差し込む爽やかな朝日とは正反対に、あたしの気分は沈んでいた。お天気お姉さんがテレビの中から届けてくる麗らかな声に、なんだか逆にむなしさが湧いてくる。


「おい、なんだそれ。それ着てくの?」

「えっと、うん。まぁ…」


目が覚めると顔を洗ってご飯を食べて、自分の部屋へ戻って着替えを済ませてまたリビングに戻ってくる。そんないつもの習慣は、今日はあたしの着てきた"それ"によってそのいつもに違和感を生んでいた。遅れて朝ご飯を食べていたお兄ちゃんとお父さんは、普段と違うあたしの姿に目を丸くする。


「並中、制服変わったの?」


お父さんからの問いになんて返したらいいのか分からずに、曖昧に「まぁ、そんなとこ」と答えてみる。お兄ちゃんはあからさまに怪しむような顔をした。そりゃそうだ。今まで何の予告もなかったのに突然制服が変わるだなんてありえない。そう、ありえないことだ。


(ほんっとに、ありえない…!)


スクールバッグにしまおうと手に持った水筒がめこっと音をたてる。あたしが着ているのは昨日までは当たり前だった並盛中指定のベージュのブレザーではなく、黒襟に赤いタイのついた昔ながらのセーラー服だった。あたしは今日これを着て学校に行かなきゃならない。何度でも言おうと思う。ありえない!

ワイシャツに比べて身丈の短いセーラーはお腹のあたりがすーすーする。気になってつい裾を引っ張っていると、カシャ。不意に聞こえた音に顔を上げる。見れば、お兄ちゃんがパンを口にくわえながら携帯をこっちに向けて笑ってた。


「まぁ、似合ってんじゃねーの」


今そんなこと言われたって全然嬉しくないんだけど!









セーラー服とリーゼント









雲雀くんからそれを命じられたのは昨日の放課後のことだった。


「遅刻指導の立ち番? あたしが?」

「うん」


なんでもないように、当然のように雲雀くんはあたしに頼んでいたけど、冗談じゃない。もちろんそれまでにさせられていたパシりのようなことだって嫌だったけど、遅刻指導の立ち番だなんて、そんなの完全に委員会の仕事だ。風紀委員でもないあたしがやる筋合いはない。


「風紀委員じゃないの? 君」

「違いますよ!」


何がどうなってあたしを風紀委員だと思ってるの、この人。そんなものに誘われた覚えはないし、入ると言った覚えも当たり前にない。それに、もし何かの間違いで入ろうものなら、学校中で怖がられてる委員会だ、もれなく委員のあたしの周りからもお友達がいなくなってしまうに違いない。それでなくたって、連日雲雀くんにパシられてるとこを見られて最近クラスの人に避けられがちなのだ(正直泣きたい)、これ以上それが悪化したらたまらない。

だというのに、雲雀くんはあたしの話なんかまるで聞いちゃいないようだった。雲雀くんはデスクの上の日誌のようなものに落としていた視線を上げると、あたしの背後、応接室の扉の方に向かって声をかける。


「…副委員長」

「うす。失礼します」


貫禄のある低い声と共に、引き戸が開かれる。つられてそちらの方を振り返ると、まず真っ先に目に入ったのは黒々とした何かの塊だった。あたしの背よりもずっと高い位置、ぬっ…という効果音がつきそうな具合で応接室に入り込んでくるそれは想像よりもやけに長い。あまりにも長くてなかなか終わりが見えないものだから、一瞬その黒く長い物体が空中を滑って動いてるように見えたぐらいだ。けれどそれもすぐに終わりが見え、その根本は扉をくぐって姿を現す。


「…!?」

「頼まれていた物、先程届きました」


折り目正しい喋り方で告げたその人の姿に、あたしは思わずあんぐりと口を開けてしまう。とても、とっても、濃ゆい顔だった。なんていうかもう次元が違っていた。顔に差す影も、眉間に皺の寄ったどこか哀愁さえ漂う表情も、口にくわえた一枚だけ葉の付いた木の枝も。それら全部が只者じゃない風格を漂わす材料になっている。どう見ても歴戦の猛者顔だった。『過去にいくつもの激戦をくぐり抜けてきた最強の男だが今は一人その身に背負う罪を償うためにさすらいの旅をしている』そんな設定が咄嗟に浮かぶぐらいには。


(誰!? いやむしろ何のキャラ!?)


今まで出会った中でも、これだけ見た目につっこみどころのある人は初めてだった。特にすごいのが、あの頭にそびえる黒い物体だ。生えてる場所からして一応髪の毛なんだろうけど、にょっきりと前方に突き出るそれは変わった髪型なんて言葉で片付けられるほど尋常な形をしていない。長さは、1メートルは間違いなく越えていそう。重力なんて丸無視もいいところである。

そんな武人のような顔つきの彼は、頭に極太の棒を生やしたまま、やたらと長い学ランの裾を揺らし(よく見ると制服姿だったことにも驚きだ!)あたしの横にまで歩み出てくる。そのあまりの貫禄に、思わず情けない声が口から飛び出てしまいそうになった。横顔が、やっぱりとんでもなく勇ましい。そして怖い。中学生どころか未成年にはとても見えないけど、ほんと誰なんだろうこの人…。


「お前が天宮だな?」

「へっ!? あ、はい!?」

「これがお前の制服だ。腕章も入っている」

「え」


突然話しかけられたかと思うと、彼の持っていた紙袋を手渡される。そのコワモテに逆らうことができずに咄嗟に受け取っちゃったけど、何が何だかさっぱりだ。自分のものならすでに持ってるのに(ていうか今着てるのに)、制服ってどういうこと?


「明日からそれ着てきてね」


デスクの上に頬杖をついた雲雀くんは、もう片方の手で器用にくるくると鉛筆を回しながらなんとも興味なさげな様子でそう言った。それっていうのは、今渡されたこれのこと?なんだか嫌な予感がして、腕に抱えた紙袋の中を覗き込む。


「!? なんですか!これっ」

「じゃあ僕は校内の見回りに行ってくるよ」

「ちょっと!」


ほんとに人の話を聞いてくれない。ひらりと肩に学ランを羽織ると、雲雀くんはさっさと応接室を出て行ってしまった。その手に愛用のトンファーが握られていたのは、多分気のせいじゃない。見回りだなんて言っておいて、一体何をする気なんだろう。紙袋の中から取り出した"風紀"の文字があしらわれた腕章を手に、あたしは呆然とその背を見送ることしかできなかった。


「天宮」

「! は、はい」


隣から聞こえた低い声に、一瞬にして肩が強張る。雲雀くんが出て行った今、誰の声かなんて言うまでもない。びくびくしながらその顔を見上げれば、逆光のせいで一層凄みが増していた。こ、怖ァ…。


「俺は二年、草壁哲矢だ。風紀委員の副委員長をしている」

「え…」


彼、草壁先輩はその武人の顔に意外にも気さくそうな笑みを浮かべるとそう自己紹介をしてくれた。あれ、なんか思ってたよりも普通そう?ていうか二年生って、あたしより一個年上なだけなんだ…。思いがけないフレンドリーな姿勢に面食らってしまったけれど、こうしてはいられない。慌ててあたしも自己紹介を返す。


「あのっ、天宮ミナです!」

「ああ。男ばかりでむさ苦しい委員会だが、歓迎する。よろしくな」


不思議だ。さっきまではとてつもなく恐ろしく見えていた顔がなんだか今はものすごく男前に見える。この人絶対良い人だ!少なくともさっき出て行ったどこかの風紀委員長よりよっぽど。やっぱり人って見た目じゃないんだ…!ここ数日あの破天荒極まりない人に振り回されてきたせいか、まともな人の優しさというものが普段の数倍身に染みる。


「それじゃあ、明日は8時に校門前に集合だからな」

「はい!」


そう言い残して草壁先輩も応接室を出て行く。それを笑顔で見送って、もう夕方だしあたしも帰ろうかな、と傍らに置いていたスクールバックを手に取った。


(…って、)


何を素直に返事してんのあたしは!?これじゃ委員会の仕事を引き受けたも同然じゃないの!今更ながらに気付くも時すでに遅し。誰もいなくなった応接室であたしは一人頭を抱えた。あたしって、こんなに流されやすかったっけ。



 ◇



――そして。


「ねぇねぇ、あれって天宮さんだよね?」

「あ、本当だ。何あれ?セーラー服?…あっ、風紀委員の腕章つけてない!?」

「ウソ!? 天宮さん風紀委員入ったんだ…」


朝の始業のチャイムまであと10分。この後やってくるだろう遅刻者のチェックをするべく校門前に立つあたしは、校門をくぐったクラスメイトの女の子達の会話に思わず泣きそうになった。小声だったけど、運悪く聞こえてしまった。あの子達の声に若干怯えの色が含まれていたのは多分気のせいじゃない。予感通り、ほんとにお友達減っちゃいそう…。ブレザーばかりの周りの中で目立つセーラー服が恥ずかしいやら、怖がられて悲しいやらでもう散々な気分だった。


「心の底からこの服脱ぎたい…」

160402
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