05
言いたくないけど、あたしの胸はぺったんこだ。断崖絶壁だ。中学一年生ならまだ、とは思うけど周りの女の子のそこが少しずつ膨らんでいくのを見ると、やっぱり気にせずにはいられない。それぐらいに真っ平らだった。
けれど、それを誰かに指摘されたことなんてなかった。上記の通りあたしはまだ中一だから小さくたってそこまで変じゃないし、皆だってそんなことを軽々しく話せるほど大人じゃない。ましてや男の子が、本人に正面きって「おまえの胸小さいな」なんて言うことはまずないのだ。
――それなのに!
今までおさえつけていた怒りを大爆発させたあたしは、その男に飛びかかった。
はじまり
「おおぉぉおお…」
返り討ちにされた。さらに言うならば一発KOだった。既にできつつあるタンコブをおさえて地面に蹲る。突然怒り狂って突進してきたあたしに驚いた彼の踏み込みが少し甘かったのが不幸中の幸いで、頭に例の鉄の棒が直撃したものの頭はかち割られずに済んだ。が、それでも鉄で殴られたことには変わりないので痛さは尋常じゃない。
「なんだ。弱いのか」
あからさまにがっかりした声でそう言われた。死ぬほどムカつく。胸のことの羞恥や痛みで顔はきっと真っ赤だ。だって、頬がこんなにも熱い。
初めてだった。こんなにあっさりと、しかも一瞬でケンカに負けたのは。決して喜ばしいことじゃないけど、一度タガが外れたら年上の男の子にだって負けない自信があったのに。頭に一発きめられる前、こっちが繰り出した渾身の蹴りはそれはもう簡単に防がれて(しかもあの鉄の棒で受け止められたからあたしの足の方が痛かった!)、もう完敗としか言い様がない。
「…な、なんですか……」
「………」
ふと、彼がこっちをじっと見ていることに気付いた。悔しさに唇を噛みながら睨み返すと、「ふぅん」とどこか関心したように声をこぼして雲雀くんはあたしを見下ろす。なんだ、まだ何かあるのか。興味なくしたんならとっととどっかに行ってよ!と心の中で吐き散らしていると(直接口に出したらまた殴られそう)、不意に、座り込んだあたしに視線を合わすようにしゃがみ込んできた。
「なんか君、強くなりそうだな」
僕が君を強くしてあげようか。強くなったら、また咬み殺してあげる。そんなことをほざきやがっ…おっしゃった彼に(真横を鉄の棒が通りすぎた!)またしても目が点になった。
「…はい?」
間の抜けたアホみたいな声を出しちゃったけれど、あたしのこの反応は至って正常だと思う。とてもじゃないがついさっきまで武器を振り回して人を殴っていたとは思えないような穏やかな顔で彼はあたしを見る。それが逆に怖いんだけど。
「そのままの意味だよ。強くなってまた僕と戦って」
「なっ、嫌です! そんなの」
「へえ。弱虫だね、貧乳の天宮ミナ」
「ッ…!」
こいつ…!あたしの怒りの沸点が低いのを分かってて言ってるに違いない。ていうか胸のサイズだとか短気だとか、どこでそんな情報手に入れたのよ。ストーカーか。
第一、強くしてあげるってなんだ。彼にはたいしてきかなかったけれど、あたしは自分のこの怪力が好きじゃない。なのに、これ以上強くなってもどうしようもない。それに、結局どうせ"咬み殺す"っていうんならあたしには強くなる意味なんてないじゃない!
「まぁ、僕はどっちだっていいけどね。やらないんならもう少し咬みくだいて殺すだけさ」
「は…!?」
咬み殺すだとかなんとか、さっきから独特な言葉を使ってるけど、要はもっとボコボコにされるってことだろう。年下の女子相手になんて情け容赦のない奴!
「ああそれと、」
「?」
「明日からは並盛のスーパーから君の好きな卵は消えるだろうから、そのつもりで」
「!?」
並盛のスーパーから卵が消える。それはある意味ボコボコにされると聞いた時よりも大きな衝撃であたしを襲った。卵は、あたしの大好物だった。卵焼き、オムレツ、茶碗蒸し、親子丼、プリン――。加工したって最高に美味しいけれど、何よりも素材そのものの味を味わえる卵かけごはんが一番だ。24時間365日三食全てが卵かけごはんだって構わない。あたしの世界の中心といっても過言じゃない食材、それが卵だ。そんな卵が、スーパーから消える。それはつまり、食卓からも消えるということだ。
「そ、そそそそんなこと…」
できるわけない。そう続けようとして、だけどそこでさっき聞いたクラスメイトの言葉を思い出した。
――学校の先生どころか警察も含めた大人もみんな雲雀さんには逆らえないんだってさ。
「………」
そんな、彼ならば。できてしまうのかもしれない。並盛にあるスーパーに脅しをかけて店に並べないようにするのなんて、この人にとっては簡単なことなんじゃ…。
「どうするの?」
「や…、やります!やりますやります! 一回でも二回でも戦います!」
「そう」
ああ、言ってしまった。自分のあまりのチョロさに少し引いた。だけど卵を人質(?)にとられては背に腹は変えられない。上手いこと乗せられてしまった感は否めないけど、しかたない。ていうかどっちでもいいだなんて言っておいて、結局最初から断らせる気なんて少しもないじゃない!
それにしても、そんなあたしの好みのことまで知っているだなんて。いよいよ雲雀くんのストーカー説が有力になってき…、てないきてない全然きてないあいたたたたた地面に頭が、頭がめり込んでますごりごりきてますぎゃあああ
「よろしくね、貧乳の天宮ミナ」
「しね!!」
そんなわけで、雲雀くんもとい並盛中風紀委員長雲雀恭弥をぶっころすことを目標に今日から頑張ろうと思います。
修正 160321