04


現在、あたしの目の前には獲物を前にした肉食獣のように爛々と目を光らせる"風紀委員長の雲雀"がいる。帰りたい。すごく帰りたい。心の底から。

あたしが人気の無い裏庭という絵に描いたような絶好のボコられスポットにやってきたのは他でもない、この雲雀という男に呼び出されたからだ。できることならばっくれたかった。だけどあんな放送を聞いてしまったら、それもムダな足掻きだってバカなあたしにでも分かってしまう。


(ああ、帰りたい)









NGワード









「じゃあ、殺ろうか」

「じゃあって何!? やるって何!?」

「何って、もちろん殺しあ」

「うああああたしなんも聞こえないいい」


やっぱり来なければ良かったよちくしょう!ていうか、さっきから気になってたんだけど手に持った鉄の棒にさっきまで無かった血液(新鮮め)が付着してるんだけど。片隅に顔面がパンッパンに腫れた男子生徒倒れてんだけど。これつっこむべきなの、そうなの!?


「今は授業中だっていうのにこんなところをうろついてたからね、サボリ魔には少し眠ってもらったんだ」

「………」


この人やばい本気でやばいマジモンだうわァ…!あたしだって、さっきの不良先パイたちをここまでボコボコにしてない。眠るどころか永眠してそうだよサボリ魔の人。しかもこの人、自分のことは思いっきり棚にあげてるし。あんただってサボリじゃねーですか。ちなみに、あたしは先生にちゃんと許可をもらってきてる。ていうか半分無理矢理に送り出された。涙ながらに、おまえのことは忘れない…って言われたんだけど、なにそれ!これ以上死亡フラグ立てんなバカ!


「あたし、ほんと、ケンカとか無理です! ボコられんの嫌ですから!」

「君の意見は聞いてないな」

「うひゃあ!?」


顔面すれすれを通りすぎた鉄の棒に、可愛げの欠片もない悲鳴が漏れる。ここで「キャッ!」なんて可愛いらしい声をあげられる人は、あたしは少女漫画の中でしか知らない。つい尻餅をついてしまったと思ったら、息つく暇もなく頭蓋を叩き割ろうとまた鉄の棒が迫ってくる。それを横に転がってなんとか避ければ、一瞬前まであたしがいた地面が砕けた。


(こっ、こわい…!)

「つまらないよ。避けてばかりいないでそっちから向かってきて」

「やっ! ちょっ、ちょ…」


そんなんできるわけないでしょバカ!というつっこみはまたしてもやってきた攻撃を前に言葉にならなかった。とんでもないスピードでビュンビュンやってくる鉄の棒を避けるだけで精一杯だし、むしろここまで掠り傷程度で済んでるのを褒めてほしいぐらいだ。と、抗議したいのは山々だけど、それすらもする余裕がない。

なかなか攻撃してこないあたしに、雲雀くんはつまらなそうに溜め息をつく(溜め息つきたいのはこっちだっての!)。さっきよりも幾分か冷めた目で見下ろしてくるのにかなりいらっときたが、必死な思いでそれを抑えつける。このままいけば、もしかしたら雲雀くんがあたしに興味をなくして諦めてくれるかもしれない。最強最恐と名高い雲雀恭弥は対象への興味をなくしたところでどっちにしろ"咬み殺す"選択は変えないだろうけど、この時のあたしは雲雀くんのことをよく知らなかったからそう思った。

だけど、ぼそりと雲雀くんが呟くように言った次の言葉は、そんなあたしの予想の遥か斜めを突っ切っていった。


「………AA」

「っは…?」

「中学一年生にしても、それはないよね」

「え…? あの…」

「資料で見ただけだから信じてなかったんだけど、本当に平らだね」


急に攻撃をやめたと思ったら、何を言い出すんだこの人は。AA?平ら?不吉なワードに嫌な予感しかしない。そして薄々なんのことを言っているのか気付き始めているからこそ、頭が混乱していた。

いや、そんな、まさか…。


「…貧乳」


あたしの顔の、その少し下。向けられた視線に、虚しい響きを持った言葉。文字通り、目が点になった。自分が今何を言われたのか、数秒は理解ができなかった。


「…っ!!!」


そして意味を理解した瞬間、ビキ、ブチ、ギチ、頭の中でいろんな音がした。ああこれやばい。でも、今回ばかりは暴れたあとだって後悔はしない気がした。

とりあえず、目の前の男は許さない。ぶっころす。

修正 160319
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