03


今、並盛中はとある話題で持ちきりになっているらしい。あたしの後ろの席に座る咲ちゃんからその話を聞いたのは、学ラン少年から命からがら逃げてきたあとに自分のクラスへやってきてすぐのことだった。

"ヒバリが鬼ごっこをしていた"

咲ちゃんが口にしたその言葉を聞いても、首を傾げることしかできなかった。雲雀が鬼ごっこ、微笑ましいっちゃ微笑ましい。小さな鳥達がチュンチュン鳴きながら鬼ごっこみたいなのをしてたら、まぁ可愛いんじゃないかと思う。けど、それが学校中で騒ぐほどの大事には思えなかった。









死刑宣告?









「あんたバカなの?」

「えっ」


頭に?を浮かべるあたしに咲ちゃんは眉をしかめてみせると、突然辛辣な言葉を浴びせてきた。ますます訳が分からない。


「あのね。ヒバリっていうのは鳥じゃなくて、うちの学校の風紀委員長のこと」

「…そうなんですか?」

「知らなかったことに驚きだわ。超有名人よ?」


呆れたように言う咲ちゃん。そんなに有名な人だなんて、よっぽど素行の良い人気者の風紀委員長さんなんだろう。きっと、さっきあたしを追いかけてきた学ラン男子とは全く逆の……


「その人、風紀を乱した奴を暴力で取り締まるのよ」

「えっ」

「人の群れが嫌いみたいで、見つけると有無言わさず襲いかかってくるらしいわ」

「えっ」

「重度の戦闘狂で、強い奴と戦うのが好きって噂も聞いたことあるわね」

「えっ…」


次々と繰り出される咲ちゃんの言葉に、思い描いていた風紀委員長像が崩れていく。それどころか、記憶に新しい鉄の棒を振り回す彼と少しずつ重なっていった。いやいや、そんなまさか。だってあの人は学ランだったし…。あんな理不尽極まりない人が何人もいるとは思えないけども――…。いやいやいやいや。


「ね、ねえ咲ちゃん…。その人って…」

「旧制服の学ラン着た人。…鬼ごっこの相手は一年の女子だったって噂だけど、それってもしかしてミナ?」

「……そうかも…」


どうりで周りからの視線が痛いわけである。

だけど、あんな人が風紀委員長って…。風紀を乱した人はまだ百歩譲って良いとして、群れてる人も強い人もあの鉄の棒でめった打ち?そんなの、どう考えても取り締まる側の人間のやることじゃない。取り締まられるのはその風紀委員長の方だろう。我ながらとっても正論だと思うけど、どうやら彼に対しては常識は通用しないようだった。咲ちゃんによると、その人は学校だけでは飽き足らず町中を牛耳っているらしくて、学校の先生や警察も含めた大人は逆らうことができないのだそうだ。そんなの、反則だ。

だけど、これでなんとなく彼があたしを追いかけてきた理由が分かった気がする。彼はあたしが先パイ二人をのしているところを見て、あたしを強い奴と判断したのかもしれない。そしてつまり、あたしをあの物騒な鉄の棒でボコボコにする相手として決めたってことだ。嫌すぎる。


「あの雲雀さんに追っかけ回されるなんてね。あんた一体何したか知らないけどさ、ま、しばらく私に近寄んないでよね」

「え…!?」

「私まで雲雀さんに目つけられたくないもん。雲雀さんに関わったら命の危機だからね」

「い、命の危機!?」

「雲雀さんに狙われたんならそれぐらい覚悟しといた方がいいわよ。大丈夫、骨ぐらいは拾ってあげる」


何が大丈夫なのか全く分からない慰めを咲ちゃんにもらい、深く肩を落とした。たぶん、次にあの雲雀とやらに会った時があたしの最期なんだと思った。走る合間に見た、あの、獲物を追いつめる獣そのもののようなぎらついた瞳を思い出す。咲ちゃんの言葉を大袈裟すぎると一蹴できないのは、彼ならそれぐらいのことはやってしまいそうとさっき追いかけられたあの短時間で思わせられてしまったからだ。

だけど、あの人に遭遇するとボコ殴りにされるんなら、要は見つからないようにすればいい。委員長っていうくらいだから、彼は三年生だろう。この学校の校舎はそんなに大きくないけど、一年と三年は棟が違う。そう考えると彼の目につかないっていうのは案外簡単なのかもしれない。しばらくしたら諦めてくれることだってありえるだろうし、それまでの辛抱だ。

けれどそんなあたしの考えをあざ笑うかのように、教室の壁に設置されたスピーカーがぴんぽんぱんぽーんと突然軽快な音を届けてくる。そのあとに続いた言葉は、あたしを絶望させるのに十分な力を持って校舎全体に響いた。


「"一年B組、天宮ミナ。至急、裏庭へ。もし来なければ…"」


ついさっき聞いたばかりのテノールが、一瞬で教室の空気を凍りつかせる。


「"君の教室に直接赴いて咬み殺すことにしよう"」


直接見ていなくても、彼の口が緩く弧を描いているのが想像できてしまった。

――終わった。

修正 160319
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