02
あたしが、世間一般の同年代の子より強い力を持っていることに初めて気付いたのは幼稚園の時。おままごとで友達とおねえちゃん役を取り合って喧嘩をしていたら、興奮したのか、持っていた着せ替え人形を素手で握り潰してしまったのだ。友達のみんなも、先生も、みんなとても驚いてたっけ。
それからも、何かある度意図しないところでこの怪力が原因でよく物を壊したりしていた。おかげで怪力女だなんて失礼なあだ名でからかわれることも少なくなく、初めて人に手をあげてしまったのは、そんな風にからかってきた男の子の一人だった。普段は抑えているのに、一度怒りが頭を支配するとその抑えが効かなくなった。
後悔するのはいつも全部が終わってから。あとから一生懸命相手に謝るけれど、みんな怯えてしまってなかなかそれまでと同じようにあたしと接してくれなくなってしまう。それが悲しくて、いつも"今度こそは"と思う。今度こそ、自分をコントロールしたいって。もちろん、今日も例外じゃない。
だけど。
鬼ごっこ
「いやあああ来ないでーーっ!」
「それは無理な話だな」
校内を縦横無尽に駆け回る。背後には嬉々とした表情で迫ってくる黒髪に学ラン姿の男子がいて、あたしはもう声が枯れるのもお構いなしで絶叫していた。
(ていうか何? 何なのあの人!?)
出会い頭に突然「強いのかい?」なんて聞いてきて、何のことか分からなかったけれどとにかく嫌な予感がした。だから「いいえ」って答えて逃げたらものすごい勢いで追いかけてきたのだ。そんな彼の両手には見たこともない形の鉄の棒が握られている。ドラマとかに出てくる不良が喧嘩に使う鉄パイプとわけが違う、明らかに最初から武器として作られたような形。なんでそんな危険極まりないもんを中学生が持ってるのか。ていうかあの人、そもそも誰なのか。少なくとも並中の人じゃない。この学校はベージュのブレザーが指定の制服なのに、彼が着ているのは学ランだ。つまり、部外者だ!
(だったら、先生の誰か、この人のこと止めてよ…!)
そう思うのに。またしてもだ。すれ違う人の誰もが知らんぷりを決め込んでる。生徒だけじゃない、先生まで。しかもさっきの不良先パイに絡まれていた時よりも明らかに怯えが入った表情で、ぞろぞろとあたし達の行く手をモーゼのように避けていく。
「いい加減に諦めたらどう? とっとと僕と戦いなよ」
「戦うって何!? なんで急にそうなるんですか!」
「強い奴は僕と戦って僕を楽しませてから、地に平伏すのが常識だよ」
「そんな常識知りません!!」
必死な表情をするあたしとは対称的に、余裕でそして楽しそうな笑みを浮かべる学ランの彼が一ミリも呼吸を乱さずに口を開いたかと思えば、出てきた言葉はまったく意味が分からない。分かるのは、彼が言ってる"戦い"が、きっとこの年代の男の子に馴染みがあるだろうカードゲームやテレビゲームの類のことではないということだけ。
心の底から、走るのが得意で良かったと思う。こう言っちゃなんだけど普通の子だったら多分一瞬で捕まってた。そのくらい後ろにいる学ラン少年の足は速い。こんなジャイアニズムが服を着て歩いているような奴、それまでのあたしだったらとうの昔にキレてハイキックをかましていたと思う。だけど、この人はそれをやっちゃいけない雰囲気を全身から溢れ出させていた。そんなことしたら、あたしが死ぬと思った。これが本能ってやつなのかもしれない。
廊下の角を自分でもびっくりなスピードで曲がり、すぐ横にある空き教室に飛び込む。そして彼がそこに入ってくる前に教卓の下に身を潜ませた。酸素の補給と緊張のために、ありえないぐらい速く脈打つ心臓のあたりを手でおさえる。
「…っ」
ガラリと開く扉。思わず小さく肩がびくついた。嫌に響く足音が恐怖を煽って、自然とこめかみに汗が伝う。
「…………」
「…………」
しばらく教室内をうろうろしていた足音は、いい加減に諦めたのか、再びドアを開閉して去っていった。はあああと安堵の溜め息をつく。
(…助かった……)
用心のために数分その場で待ってから、自分のクラスに向かおうと扉を開けた。もう一時間目始まっちゃったなあ、そんなことを考えながら。
「やあ」
「っひ!?」
目の前に現れた顔に、サッと血の気が引くのが分かった。その手には、さっきと変わらず鈍く光る鉄の棒が構えられていて。
おそらく、十数年生きてきた中で一番恐怖を感じた瞬間だと思う。
「きゃああああぁぁ」
修正 160318