趣味2


「………」


ちか、と宙でクリスタルピンクのうさぎが蛍光灯の光を受けてきらめく。ストラップ部分を手でつまんでぶら下げたそれは、咲ちゃんが土日の間に家族と行った旅行のお土産に貰ったものだった。リボン結びの形に固定された赤いキラキラの紐と一緒に飾られたうさぎは、シンプルだけど控えめな可愛さがあってとてもステキだと思う。さっすが咲ちゃんだ。センスが良い。

でも、こんなに可愛いもの、やっぱりあたしには似合わないですよ。せっかくもらったけど、どこかに付けて持ち歩くのは少し気が引ける。…だいたい、あたしはこんな可愛いもの、趣味じゃないし。別に、付けたいとも、思わないし。咲ちゃんには悪いけど、このうさぎには家で大人しく眠ってもらうことにする。もちろん咲ちゃんにもらったものだから、大切にするけど。


「………」


でも、やっぱり可愛い。ストラップをつまむ手を軽く揺らせば、うさぎはまたきらきらと光った。小学生のときにはお友達からお土産をもらうことなんてなかったから、その分嬉しさもひとしおで、つい口元からゆるゆると力が抜ける。小粒の赤色の石が埋めこまれた瞳がとっても愛らしくて、あたしはついにうふふ、なんて声に出して笑ってしまった。









魔法の言葉だっていらない









「何これ」

「ッキャアアアア!?」


突然、ひょいと後ろから伸びた手にうさぎがさらわれる。自分でもちょっと大袈裟だと思うぐらい大きく肩が震えて、口からは馬鹿でかい悲鳴が飛び出た。応接室のソファに座っていたあたしは、慌てて後ろを振り向いて背もたれに身体を乗り上げる。


「いっ、いつの間にいたんですか!? っていうか、それ、返してっ!」

「ふぅん。うさぎね…」


ソファの後ろ側に知らない間に立っていたらしい雲雀くんは、必死に手を伸ばすこっちのことは丸無視で、高いところにストラップを掲げてさっきまでのあたしのように蛍光灯の光にそれを透かした。


「…君って、ほんとにこういうの好きだよね」


どこか呆れ混じりに聞こえた雲雀くんのその言葉に、ただでさえ熱を持っていた頬がさらにカッと温度を上げる。こみ上げる恥ずかしさに、じわりと少し涙がにじんだ。


「ちっ、ちがいます!!!」


一体何が違うっていうんだろう。咄嗟に口走ったはいいものの、自分でも何が言いたいんだかよく分かっていなかった。つい、取り返そうと伸ばしていた手も下ろしてしまって、だけどもう一度伸ばすのも少しきまり悪くて、どうしようもなくなった。


「ふぅん」


何を考えてるのかさっぱり分からない雲雀くんは、あたしとは真逆の冷静そうな目付きでこっちを見た。それにまた余計居心地が悪くなって、あたしはたまらず乗り出したままだったソファから降りて雲雀くんから離れる。


「えっと…こ、校内の! 見回りに、行ってきます!」


それはもう逃げるように、勢いのままストラップを持った雲雀くんを置いて応接室を出てしまった。気まずくて見回りが終わったらそのまま帰ろうかと思ったけど、あとからスクールバッグを応接室に置いてきてしまったことに気付いてうなだれる。第一、うさぎのストラップもあそこにあるんだから放っておいて帰るなんてできるはずがない。


(ああ〜もう! せっかく咲ちゃんにもらったものなのに、捨てられちゃったらどうしよう!)



 ◇



「…よしっ」


それから一時間近く経って、あたしはようやく応接室に戻った。本当はすぐにでも取りに戻りたいところだったけど、おかしな意地みたいなものがはたらいて素直に帰るのにはためらいがあったのだ。どこに行ったのか、室内にはもう雲雀くんの姿はなくてほっとする。このままこっそりバッグとストラップを持って帰っちゃおう。そう考えながらそそくさとソファの方へ向かった。


「…!」


雲雀くんのことだから、大切なストラップを捨ててしまってはいないかと心配していたけど、意外にもすぐにそれは見つかった。ソファの上に置き去りにされたスクールバッグのファスナーの部分に、うさぎと赤いリボンがぶら下がっていた。当然、あたしが取り付けたわけじゃない。あたしが部屋を出た時、ストラップを持っていたのは雲雀くんで、この短い間にここに出入りしてこんなことができるような人なんてそうはいない。…つまり、これをやったのは。


「……ほんっと、何考えてんのか分かんないですよ」


そっとうさぎを手の平で包む。クリスタルピンクのうさぎは何度見たってとても可愛くて、まぁ、しょうがないから、このうさぎに家で眠ってもらうのはやめにする。咲ちゃんにせっかくもらったものだもん。どこかに付けなくちゃ、やっぱりもったいないよね。…別に、雲雀くんの気まぐれに乗っかったわけじゃない。決してちがう。でもまぁ、きっかけぐらいにはなったかも、なんて。

次の日、バッグにストラップをつけてきたあたしに咲ちゃんは少し驚いていた。「あんたのことだから、恥ずかしがってつけてこないかと思ったわ。一応付けやすいように控えめのを選んだつもりだったけど」そう言って丸い目を瞬かせていた。


「は、恥ずかしいなんて、別に…ただあたしには、こういうのあんまり似合わないかなって思っただけで…。でもなんか、ちょっとだけ、気楽になれたっていうか、なんていうか…あはは、なんでですかね」


あたしが言うと、咲ちゃんは今度少し目を細めて笑った。

161102
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