誕生日


「…誕生日?」

「ああ、」


そういえばそうだった。口には出さなかったものの、まさに今思い出したような表情で雲雀くんは頷いた。祝いの花束を持ってやってきた草壁先輩がその渋い顔を歪めて苦笑する。慌てて、応接室の壁にかけてあるカレンダーに目を向けて今日の日付を確認した。


「…今日?」

「うん」

「五月、五日?」

「うん」

「……はあああ!?」









それは君だから









「きょ、今日!? はあ!? そんなん初めて聞きましたよ!」

「うるさい」

「うわっ」


風を切って飛んできた鉛筆をギリギリで避けると、背後の壁にぶすりと突き刺さる。どんな風に投げたらただの鉛筆が壁に穴を空けるのか。それが自分に刺さった時のことを考えて身震いがした。…まあ、それはひとまず置いておくとして。


「なんも準備してない…」

「別にいらない、何も」

「…でも」


我が家では誕生日といえばビックイベントである。何日も前からお兄ちゃんもお父さんもプレゼントを用意してくれているし、普段は仕事で家に帰らないお母さんも家族の誕生日には必ず家に帰ってきてくれる。誕生日ケーキもみんなで作るし、家でプチパーティみたいなことだってやるのだ。咲ちゃんに話したらうちはそんなにやらないって言われたから、なにもどの家でも当たり前だとは言わないけど、それでも誕生日に何もしないだなんて。いくら相手が雲雀くんだとはいえ、あたしからしたらありえない。ただでさえ、雲雀くんには一緒に暮らしている家族がいないのに。


「気にするな、天宮。委員から、委員長へはプレゼントが用意してある」


草壁先輩があたしにそう耳打ちするが、草壁さんも草壁先輩だ。なんであたしには一言も教えてくれないのか。あたしだって曲がりなりにも委員なのに。どんどんぶすくれていくあたしに、雲雀くんが面倒そうな顔をする。


「なんでもいいから、早く遅刻者リストまとめておいてよ」

「………」


休日なんだから早く帰りたいと思っていた気持ちはどこへ行ってしまったのか。今はただただ気に食わない。なにか、なにかあたしだってやりたい。雲雀くんにお祝い、プレゼント。


「…天宮っ」


ガタンと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がる。机上にプリントを撒き散らしたまま応接室を出て行くあたしを草壁先輩が呼び止めた。


「どこ行くんだ、まだ仕事が残ってるぞ」

「調理室の鍵、職員室で貰ってくるんです。委員の仕事はあとでやります」

「調理室?」

「じゃ!」

「あっ、おい」



 ◇



「ん!」

「……何これ」

「ん!!」

「…………」


応接室のローテーブルには、いくつかのタッパーに詰め込まれた大量のハンバーグ。ソースの匂いが鼻をついた。もしかしたら部屋に匂いが付いちゃうかもしれない。ごめんなさいと心の中で謝っていたら、視線を感じた。雲雀くんが怪訝そうな顔でこちらを見てきている。当然といえば当然だけど、気まずくて、思わず目を逸らした。


「…普通のと、目玉焼きハンバーグとチーズハンバーグと和風ハンバーグと、あとはまあ、いろいろ…。全部にんじん少なめですから、だから、その」

「………」

「…………あたし、仕事まだ残ってるんで」


雲雀くんに背を向けて、散乱しているプリントの束に手を付ける。未だに視線は感じるものの、振り返ることはできなかった。心なしか熱い頬が恨めしい。ああもう、何やってんだろう、あたし。

何としてでも祝いたかった雲雀くんの誕生日。意地にも近いような気持ちでプレゼントを用意しようと思ったけれど、あたしに雲雀くんが欲しいものなんて用意できるはずもなく。咄嗟に思い浮かんだのは、雲雀くんの好物であるあのひき肉の塊だった。一応、一生懸命作ったつもりだったけど、いくらなんでもあの渡し方は、ない。地味な半透明のタッパーの中でぎゅうぎゅうになって潰れたハンバーグ。我ながら祝う気なんて欠片も感じられない見栄え。空回りもいいところ、あたしだったらこんなのを渡されても反応に困ってしまう。勢いだけで動いて、いざ渡すとなったら恥ずかしくなったなんてみっともなくてしょうがない。


(あたしの、 ばか…)

(…!)


――カチャ。小さく聞こえた音にばっと雲雀くんの方を振り返った。雲雀くんはもうこちらを見ていない。視線の先にあるのはあたしが作った見た目ぐちゃぐちゃのハンバーグ。手には一緒に持ってきた調理室から借りた箸。


「…な」


おもむろに手が付けられたかと思うと、みるみるうちにハンバーグは消えていく。呆然とするあたしのことを余所に、ぱくりぱくりと。食べている、雲雀くんが、あたしのハンバーグを。


(しかも食べんのはや…)

「…何」

「えっ、あ、いや」


凝視するあたしの視線に気付いた雲雀くんがじろりとこちらを見つめ返してくる。すでに残りのハンバーグは目玉焼きハンバーグのみになっていた。半熟の黄身が崩れてハンバーグにかかっている。再び熱くなる顔。雲雀くんが興味を無くしたようにハンバーグに視線を戻してしまう。

――言わないと、今度こそ。みっともないまま終わるのだけは、ごめんだ。


「お…っ」

「…」

「おっ、お、お…」

「…」

「お、たんじょうび、おめでとう、ございます…」

「…ん」


――雲雀くんの誕生日なのに。小さく返ってきた返事にあたしが嬉しくなるなんて、どうかしてる。緩む口許を隠しもせず、あたしは今度こそ遅刻者リストのまとめ作業に取り掛かった。

ちろっと雲雀家捏造 140509
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