趣味
女の子っぽいものが好きじゃない。いや、ちがう。見るのは好きだ。ただ、女の子らしい振る舞いだとか、女の子らしいものを身に着けたりだとか、そういうことをする自分が好きじゃないのだ。
「だって似合わないし」
制服の赤いリボンをくるくると弄りながら、鏡の中の自分に向かって顔をしかめる。このリボンも、膝のあたりでひらひらと鬱陶しいスカートも好きじゃない。後ろできつく結んでいる髪だって本当は男の子のように短く切ってしまいたいけど、口うるさい兄に止められているので小さい頃から長いままだった。
ぴた、と胸に当てた手の平に相変わらず柔らかい感触は無い。どうせ胸の膨らみが無いのなら、いっそ男だったらいいのに。
「はぁ」
鞄を床に放り出し、制服のままベッドに飛び込んだ。
兎になれたら
「…うるさいんだけど」
「………」
「………」
「……ぎっ、ぎゃああ! ゴブッ」
顔面に飛んできた拳を受けてベッドから転げ落ちた。お尻を床に強打して身悶える。
「…なんであたしが殴られるんですか……」
我が物顔であたしのベッドに横になる雲雀くんを睨み付ける。今殴られるべきだったのはどう考えてもあたしではなく雲雀くんだった。
「君がうるさいからいけないんだよ」
「誰もいないはずのベッドに男がいたらそりゃうるさくもなりますよ馬鹿なんですか雲雀くんあたしより馬鹿なんですか!」
早口で捲し立てていると、一階のリビングの方からお兄ちゃんがどうかしたかと声をかけてきた。ここに雲雀くんがいるのがバレたらまずいような気がしたので適当に誤魔化して、今度は小声で喋る。
「まったくどっから入ってきたんですか不法侵入ですよ通報しますよぶっころしますよ」
「うるさいな。なんでもいいけどなんか食べるもの」
「不法侵入者に出す茶も食い物もうちにはありません!」
「チッ」
なんであたしが舌打ちされにゃならんのか。雲雀くんはのそのそとベッドから起き上がると、くわあと欠伸をつく。そしてあたしの部屋の中をぐるりと見回し(こんなことになるなら部屋掃除しとけば良かった)、続いてあたしの顔に目を向けた。なんだ、と身構えるあたしに雲雀くんはぽつりと呟く。
「君、言ってることとやってること一致してないけど」
「は?」
「こういうの嫌いなんじゃないの」
「えっ…あ、えっ」
雲雀くんはおもむろにベッドの脇に積んであるぬいぐるみの中からピンク色のウサギを手にとった。それを見て、じわじわと顔に熱が集まっていくのが分かる。さっき鏡と睨めっこしながら言っていた独り言は、すべて雲雀くんに筒抜けだったらしい。
「ち、違いますそれは…そのウサギは誕生日の時にうちの兄が無理矢理押し付けてきたもので仕方なく飾っているだけで」
「ふうん。じゃああれは」
「あのクッションはお父さんが…」
「じゃあそれ」
「こ、これは…たまたま、本当にたまたま、一目惚れして買ったやつ…」
雲雀くんの視線に耐えきれなくなったあたしは思わず俯いた。そして俯いた先には、これまた一目惚れして買った、可愛いクマを象ったもこもこのスリッパ。顔が熱くて沸騰しそうだった。
――雲雀くんのお察しの通り、実のところあたしは可愛いものが大好きである。あの独り言は、全て嘘っぱちだった。嘘っぱちの言葉をいつもあたしは自分に言い聞かせていた。なんでかって、それはもちろんあたしに可愛いものが似合わないからだ。
『おい見ろよ、あいつ、男女』
『あんな奴、女じゃねーよな。この前隣のクラスのタケヒロのこと蹴り飛ばして泣かせたんだぜ』
『中学生もあいつに殴られたって。凶暴女』
『うわ、凶暴怪力女がスカート履いてる』
忘れもしない小学五年生の時の事である。この頃からすでに喧嘩っ早く無駄に腕っぷしが立っていたあたしは友達が少なく、クラスメイトの男子によくいじめられていた(もちろん返り討ちにすることも少なくなかったけど)。そんな中で、誕生日に買ってもらったおにゅうのスカートをうきうきしながら着ていったのが間違いだったのだ。ムカつく男子共とはいえ、言っていることに間違いはなかったから。短気で、凶暴で怪力で、そんな奴が女の子っぽいものなんて変だもの。女の子っぽいものが好きだなんてそんな恥ずかしいこと、言えるわけがない。
言えるわけないのに、バレた。
「…変」
「わ、分かってますよそんなの!あたしみたいなのがこんなぬいぐるみ集めてるだなんて変に決まって、」
「僕からしたら、君も弱い女なのに」
「?」
雲雀くんはそう言うと、またゆったりと欠伸をして腰かけていたベッドから立ち上がった。学ランを羽織って、窓を開け、何事もなかったように出ていこうとする。そして雲雀くんがベランダの柵に足をかけた時、ぼんやりしていたあたしはようやく我に返った。
「…って、誰が弱い女ですか! 雲雀くんなんて…いつかメタメタのけちょんけちょんにして、三回回ってワンって言わせてやりますから!」
「期待しないで楽しみにしとくよ」
ひらり。真っ黒い学ランを靡かせながら雲雀くんはベランダから飛び下りる。危なげもなく地面に着地し、そのまま立ち去っていく後ろ姿がなんだか無性にムカついた。
「ていうか、窓から出入りすんな!」
うがあああ。勢いよく窓を閉めて、今度こそベッドに潜り込む。毛布に残る微かな温もりに、訳もなくイラッとした。
「ミナー。うるせーけど、どうかしたの?なんか顔赤くね?」
「うるっさい! 勝手に部屋入ってこないでバカ兄貴!」
「何怒ってんだよ」
「………」
(何しに来たんだ…あの人…)
140218