帰りのHRが終わり、並盛中ではどのクラスも係が清掃を行う時間に入っている。それは一年A組も例外ではなく、沢田綱吉ことツナは同じ班の黒川花達と共に教室の床をホウキで掃いていた。教室の前側半分を掃き終えたので、後ろにまとめて下げていた机を今度は前に移動させなければならない。ツナは面倒くささに溜め息をつきつつ、ホウキを適当な所に立て掛けて机を運ぶ。黒川花に引き摺って運ぶなと注意され、はいはい…と心の中でやる気のない返事を返した。

その時だった。同じく机を移動させていたクラスメイトの女子が、甲高い悲鳴をあげて飛び退く。何事かと顔をあげたツナの視界で、何かがぴょいんと元気よく跳ねた。


――あれは。









イニシャルGと怪力娘









茶色くてかりを帯びた体に、頭部から飛び出た長い二本の触覚。サササと素早く動き回り、時には高く飛び上がったりもするそれは、日本人が嫌う虫の代表格的存在であった。


「キャアアア!!」

「イヤァ――!!」


教室中の女子がものすごい勢いで、突如現れたGから必死に逃げ回っている。男子も男子で女子と同じように叫んだり、怖いもの見たさでわざとGに近付いては逃げたりを繰り返していた。撃退しようとする勇者は、まだ現れない。


「ちょっと沢田、あんたなんとかしなよ」

「は!?」


さりげなく女子に混じって避難していたツナは、近くにいた黒川に背中をぐいぐい押される。冗談じゃない。Gが苦手なのはツナだって同じだ。第一(自分で言うのは嫌だが)どんくさい自分にあのすばしっこい虫がやっつけられるわけがない。


「おいテメー! 10代目にあんな汚らわしい虫の相手させられるわけねーだろうが!!」

「ご、獄寺君!?」

「じゃー、あんたが行きなよ。アレなんとかしてくれるんなら誰でも良いから」


廊下掃除担当だった獄寺が悲鳴を聞きつけてやってきたのだろう。ツナを庇うように黒川の前に立ちはだかった。しかし黒川はあっさりとターゲットを獄寺に変え、今度は獄寺をGがいる教室へ追いやろうと体を押し出す。


「おいっ、オレはやらねーぞ!!」

「男なら度胸見せろよなー」

「なっ! バカやめろ!」

「(なんかめんどいことになってきた――!)」


このまま行けば、あの獄寺のことだ、キレてまたダイナマイトを取り出してくるに違いない。そうなったらGどころか、教室がまるごとふっ飛んでしまいそうだ。さあっと顔色を悪くするツナ。こんな時、山本がいてくれれば心強そうだが彼はもう部活へ行ってしまっている。教室の中では、いまだにGがあっちこっち動き回っていた。



「なんかあったんですか?」


突然、ひょこりとドアの横から顔を出したのは隣のクラスのミナだった。彼女も騒ぎを聞きつけて掃除係を抜け出してきたのか、手にはホウキを持っている。


「ゴキブリが出て、」


ミナは風紀委員唯一の女子ということで校内では有名人だし、一応知らない仲でもないので若干人見知り気味なツナも特に緊張することなく状況を伝えられた。


「ああ、ゴキブリ」

「? えっと、」

「ちょっとこの紙借りますよ」


Gのことを聞いても大きな反応は示さず、ミナはホウキをツナに押しつけて教室に堂々と入っていった。そしてすぐ側の机の上にあった学級便り等のプリント数枚を手に取って、一枚を床に、三枚程を丸めて棒状にする。

――それは一瞬の出来事だった。窓際の壁に引っ付いていたGを追い立て、Gが床に敷いたプリントの上に逃げた瞬間、バシィッと丸めたプリント棒が振り落とされる。清々しいぐらいの音をたてて何度かそこを強く叩いたあと、ぺしゃんこになったGを確認し下敷きのプリントごとゴミ箱にぽいっ。



「お、おお…」


少しの間を置いて、誰かが小さく声を漏らす。あまりにもミナのGへの対応が自然すぎて、反応が遅れたのだ。


「じゃ、あたし自分の教室戻りますね。ツナくんホウキありがと」

「あ、はい」


柄の長いホウキをツナが渡せば、受け取ったミナはさっさとA組のクラスを出ていってしまった。微妙な間が空いたが、すぐに教室は元の活気を取り戻し、何事もなかったかのように掃除は再開された。


「……ちくしょー、なんか負けた気分だぜ…」

「あの手捌きは熟練の主婦のそれだったわ」


ホウキで床を掃くツナの隣で、獄寺と黒川が呟いた。

130402
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